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これぞ武士の妻!江戸時代、夫と共に討ち入り!死線を乗り越えた女房の武勇伝【葉隠】

これぞ武士の妻!江戸時代、夫と共に討ち入り!死線を乗り越えた女房の武勇伝【葉隠】:3ページ目

『葉隠』原文と解説

三九 高木何某打ち果し候時女房働きの事 高木何某、近所の百姓三人相手にて口論仕出し、田の中にて打ちひしがれ罷り歸り候。女房申し候は、「御手前は死ぬ事を御忘れ候ては御座なきや。」と申し候に付て、「曾て忘れ申さゞる」由申し候。女房申し候は、「いづれ、人は一度は死に申すものにて、病死、切腹、縛首様々これある内に、見苦しき死を召されては無念の事に候。」と申し捨て外へ出で、追附罷り歸り、子供兩人これあり候をよく寝かせ候て、明松をこしらへ、暮過ぎに身拵へ致し、「先程見繕ひ候處、三人一所に集り、僉議致す様子に候。よき時分に候。即ち御出で候へ。」と夫の先に立ち、明松をとぼし、脇差をさし、相手の所へ踏みかけ、女夫にて切り立て、兩人切り伏せ、一人は手負はせ追ひ散らし候由。夫は切腹仰せ付けられ候由なり。了伯咄。

※『葉隠聞書』巻第九より

以上が高木夫婦による討ち入り事件の顛末です。

はじめ高木何某が農民らの侮辱を耐え忍んだのは、恐らく家で帰りを待つ妻子を想ってのことでしょう。

しかし妻は、侮辱を受けたら生命を捨てて報復せよと言い放ちました。

結果として3人中2人を討ち果たし、1人に手傷を負わせた咎によって、高木何某は切腹を仰せつけられます。

高木妻は無罪放免となったようですが、その後の苦難を思えば軽々に助かってよかったとも言えません。

現代の価値観からすればとんでもない話ですが、当時はこれが立派な振る舞いとされていました。

終わりに

尊厳は生命にも代え難いもの。ひとたび損なわれたら、後に残るのは生命のやりとりばかりです。

だからこそ軽々に人を侮辱してはなりませんし、その緊張感がかえって社会秩序と互いを尊重する精神性を養いました。

流石に今回のエピソードは極端ですが、名誉と尊厳は生命にも等しいものです。それを互いに尊重し合う精神は、現代人も見習うべき点があるのではないでしょうか。

※参考文献:

  • 古川哲史ら校訂『葉隠 下』岩波文庫、2011年6月
 

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