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みんな大好き「天津甘栗(てんしんあまぐり)」の由来は?意外と浅い「栗のお菓子」の歴史

みんな大好き「天津甘栗(てんしんあまぐり)」の由来は?意外と浅い「栗のお菓子」の歴史

浅草で初登場

日本で天津甘栗が食べられるようになったきっかけは、1910年に東京・浅草の仲見世で、中国人の李金章という人が、日本初の甘栗店である「金升屋」をオープンさせたことでした。

この店で用いられていた原料の栗は、山東や大連・天津などの中国各地から輸入されていたようです。この中でも、特に天津からの輸入量が最も多かったので「天津甘栗」という名前になったのでした。

中国の人がこの「天津甘栗」という名称を見たら、母国にない珍しいお菓子だと思うかも?

日本でも、栗(和栗)は昔から採れていましたが、どうやら天津甘栗のように甘く味付けしてお菓子として楽しむ食べ方というのは、少なくとも一般的ではなかったようです。

もちろん栗ご飯など、栗を使った料理は存在していました。しかし例えば、お正月の料理に欠かせない栗きんとんなども、お菓子として商品化されたのは明治時代以降のことです。

もともと栗きんとんは、岐阜県東濃地方が発祥で、江戸時代の中期に中津川宿で旅人に提供されていたと言われています。それが明治時代に商品化され、大正時代以降に栗の栽培が始まったことでようやく大量生産が可能になったのです。

意外と、栗のお菓子の歴史は浅いのです。

「甘いお菓子」は夢のよう!?

これはもしかすると、日本では昔であればあるほど砂糖が貴重品だったことと関係しているかも知れません。

砂糖の大量生産が可能になり、安く手に入るようになったのも近代以降のことです(和三盆などは特別)。

かつてはいわゆる小豆あんも、によって小豆そのものの甘味を強調する形で食べられていました。

そうした歴史的背景を考えると、和栗と比べて強い甘味を持つ中国産の甘栗が、さらに糖液でコーティングされている……という夢のようなお菓子が、当時の日本人にどれほどのインパクトを与えたかが想像できますね。

参考資料
和菓子の季節.com
仲見世
桜乳業株式会社

 

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