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日本、中国、台湾がそれぞれ領有権を主張。尖閣諸島の歴史とは?その3

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中国の抗議と日本への所有権移転

1978年(昭和53年)に古賀善次が死去しましたが、後継者がなく所有権は友人に譲渡されました。

同年には政治団体日本青年社が魚釣島に私設灯台を建設し、保守管理してきました。

日本国政府からの「灯台を正式に海図に記載し、今後は国が灯台の管理をしていきたい」との申し出により、2005年(平成17年)2月に灯台は国に譲渡され、海上保安庁によって魚釣島灯台として管理されています。

その他、北小島にも灯台があります。

中曽根内閣(1982年 – 1987年)の際に、海上保安庁は魚釣島に仮設ヘリポートを設置し、これに対して中国政府は抗議しました。

このヘリポートは撤去されましたが、中国人の不法侵入を受けヘリポートを常に使えるようにしないのかとの民主党の松原仁の質問に対し、第2次小泉内閣の杉浦正健内閣官房副長官は必要性や保守整備の観点から必要性がないと答弁しています。

2000年(平成12年)、魚釣島に尖閣神社が建立された。また、尖閣諸島防衛協会により日本国旗の碑が設置されました。

2012年(平成24年)、東京都が魚釣島、北小島、南小島の購入を表明しました。3島の土地所有権は1932年(昭和7年)に長男善次に払い下げとなったあと、妻が所有し、1970年代に埼玉県内の親交のあった人物に売却されていました。

また、魚釣島、北小島、南小島の3島は、国有化前の2002年(平成14年)から総務省が埼玉県在住の地権者と賃借契約を締結していました。

同年9月11日、日本政府は魚釣島、北小島および南小島の3島を埼玉県在住の地権者から購入し、日本への所有権移転登記を完了しました。これによって私有地は久場島のみとなったのです。

 

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