100万振の日本刀が海の底に!?戦後のGHQによる「刀狩」と日本政府がとった対策:2ページ目
「美術品」とされた日本刀たち
第二次世界大戦で敗北し、GHQの占領下に置かれた日本。
GHQは日本に対して「民間の武装解除条項」を指示しました。これはいわば昭和の「刀狩」です。軍部だけでなく、一般国民が所有する武器もすべて接収されることになったのです。
そして、その武器の中には日本刀も入っていました。GHQはそれらに区別をつけることなく一斉に接収しようとしたのです。
日本政府はこの措置に抗議しますが、なかなか聞き入れてもらえません。
そこでこの問題を打開するべく、政府は日本刀に美術的価値を与えることでGHQの接収の対象外にすることを狙いました。この目論みは半分ほど成功します。
GHQは美術品としての日本刀の所持は認めましたが、価値がないと判断されたもの相変わらず接収の対象となりました。問題は、そうした日本刀の「価値」を判定するのが日本側ではなくあくまでもGHQ側だったという点です。普通に考えて、彼らに日本刀の美術的価値が分かるはずがありません。
この問題の救世主となったのが、アメリカ第8軍憲兵司令官だったC.V.キャドウェル大佐という人物です。
彼は日本側の主張に耳を傾け、国宝級の刀剣に関して接収しないことを決めます。また、その選定はGHQではなく日本政府が行うことになりました。
海底に沈む刀たち
こうして美術的価値があるものや歴史的・宗教的な重要性が高いもの、個人の思い出の品など、約8万本の日本刀が接収を免れることになります。
現在国宝に指定されている名刀・大包平(おおかねひら)も、これで救われた刀の一つです。
またこの時キャドウェル大佐の助言を受けて、日本美術刀剣保存協会が設立されることになりました。
同協会は刀剣の保護や普及、職人技術の保存を目的として、今日に至るまで精力的に活動しています。
このようになんとか救われた刀剣がある一方、接収されてしまった刀剣はなんと約100万振。正式に接収されたのではなく、略奪されたものを含めると300万振に及ぶとも言われています。
接収した刀の処分方法がまた雑で、そのほとんどは海に投棄されました。今もどこかの海底には、戦後に接収された日本刀が大量に眠っているのです。