二振りが後世にまで伝わった「静御前」の薙刀、どっちが本物?前田利常の答えがコチラ:2ページ目
どっちかじゃなきゃダメ?利常の答えがコチラ
今は昔し、前田家には静御前の所用と伝わる薙刀が一振りあったと言います。
「うーん。いつ見ても、実に素晴らしい業物……」
そんなある日のこと、徳川将軍家にも静御前のものと言われた薙刀があるとの噂が流れてきました。
「両家のいずれが本物であるか」
将軍家から前田家に対して沙汰(諮問)がありましたが、そんなもの「ハイ、ウチのが本物で、そっちは偽物です」なんて言えるはずがありません。
逆に将軍家のご機嫌取りで「ウチのは偽物で、そちらこそ本物でございます」なんて言ったら、そんな偽物を後生大事にとっておいた前田家の威信にかかわります。
なので、利常はサラリと答えました。
「どっちも本物に決まっています。なぜなら静御前は常に義経のそばに仕えていたので、持っていた薙刀が一振りとは限らないからです。むしろ彼女ほどの達人なら、複数用意するくらいの心得はあるでしょう」
……(前略)……静は義経の妾なり、定めて其時は義経座右にありし長刀を持て働きたるなるべし。義経一振の長刀のみならんや、幾振もあるべきことなれば、是等に限るべからず……(後略)……
※『名将言行録』より
静御前は義経の愛妾としてそばに仕えていたのですから、いざ有事には薙刀をとって義経を護衛しました。
それも義経の一振りだけでなく、彼女自身の愛刀や予備など何振りも用意していたはず。だから今回の二振りに限らず、こういう貴重なものが永く伝えられてきたのです。
終わりに
……真偽のほどはともかくとして、どっちも本物ということであれば、どちらも面子が保てて誠に結構なこと。
あえて白黒をつけずにすむなら、すませた方が世の中は平和に暮らせるというものです。
「これでいいのだ」
かくして徳川・前田両家の薙刀はいずれも静御前のものとして、それぞれ大切に後世へ受け継がれたのでした。
※参考文献:
- 逸話研究会 編『江戸逸話事典』新人物往来社、1989年2月
- 岡谷繁実『名将言行録』岩波書店、1943年12月