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酒席の約束は信じるな!酔った弾みで口約束…藤原道長に振り回された平安貴族・藤原実資

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興言など真に受けて……道長、アッサリ前言撤回

実は当時、官人の昇進については本人の事前申請が原則となっており、保重はかつて府生への昇進希望を出したことがありません。

(そりゃそうでしょう。誰が番長からいきなり府生への昇進など希望するでしょうか。思いつきさえしなかったはずです)

まして保重はその時点で伊予国(現:愛媛県)へ赴任しており、京都での官職を果たすことなどできないでしょう。

とは言っても、この又とない機会をふいにしたくない実資は、何とかならないものかと道長の息子で摂政の藤原頼通(よりみち)に相談。しかし「前例がない」と一蹴されてしまいました。

それでも諦めきれない実資は、最後のワンチャン狙いで言い出しっぺの道長に

「先日の話、前例はないがあなたの言い出したことでもあるし、何とかできないものだろうか」

などと相談しますが、やはり拒否されてしまいます。

「まったく伯父上は、酒席の興言(きょうげん)など真に受けられて……」

興言とは酔っ払った時などに言い放つ、その場限りの発言のこと。もしかしたら道長は、保重が条件を満たしていないことを百も承知で、実資をからかったのかも知れませんね。

終わりに

「ぐぬぬ……」

道長にこう言われてしまっては、もはや打つ手もなく実資は退出。こうした怨みの積み重ねが、実資の日記『小右記』に道長の悪口を書かしめたのでしょう。

ただ、当の保重は前述のとおり遠く伊予国におり、なまじぬか喜びさせられなかったのが、せめてもの救いと言えるでしょうか。

ちなみにその後、寛仁3年(1019年)に保重は近衛府生に昇進できました。しかし道長の件でケチがついてしまったのか、それより昇進することはなかったと言います。

酒の上で言われたことなど信じるな、という教訓はもっともです。しかしそれを信じさせてしまうだけの権力を、道長は持っていました。

今回の件は氷山の一角。権力者の気まぐれによって多くの人々が振り回されるのは、これからも変わらないのでしょう。

参考文献

 

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