「身分違いの恋」なんて聞くと、ついつい結ばれて欲しい、思いを果たして欲しいと我がことのように願ってしまうのが人情ながら、往々にして許されないのが人の世の常というもの。
そんな悲恋は今も昔も変わらなかったようで、辛い思いを早く忘れようと遠ざかる者が多い中、叶わぬ思いを抱えながら、いつまでもそばに寄り添う者もいたそうです。
今回は平安文学『伊勢物語(いせものがたり)』より、とある翁(おきな)のエピソードを紹介したいと思います。
神代のことも 思ひ出づらめ……二人だけの思い出を込めた歌
今は昔、二条皇后(にじょうのきさき)こと藤原高子(ふじわらの たかいこ)が春宮(皇太子。後の清和天皇)の御息所(みやすんどころ。ここでは愛妾の意)と呼ばれていたころのこと。
彼女が藤原の氏神様である奈良の春日大社へお参りになった時、従者たちに褒美を与えるため、近衛府に仕えている翁を呼び寄せます。そして彼は褒美を受け取ると、一首の和歌を詠みました。
大原や 小鹽(おしお)の山も けふ(今日)こそは 神代(かみよ)のことも 思ひ出づらめ
【意訳】このすばらしい紅葉を見ていると、ついつい遠い昔のことを思い出してしまいますなぁ……。
※大原とは春日大社を指し、小鹽の山は大原にかかる枕詞(まくらことば。お決まりのフレーズ)。
かつて二人が愛し合った思い出は遠く神代(神話時代)のようですが、私は昨日のように思えて、今でも忘れがたくいる……そんな翁の胸中を知って、高子は人知れず涙を耐えるのでした。