語源は牛若丸の恋人から?日本の伝統芸能・浄瑠璃の特徴と歴史を紹介
子供の頃から歴史が大好きで、中学生時代の昼休みはたいてい歴史の教科書や国語の資料集(古典の箇所)を片手にお弁当を食べていました。
年表をざっと眺めていくと、近世(江戸時代)の欄に近松門左衛門(ちかまつ もんざゑもん)と彼が大ヒットを飛ばした人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)のタイトルが目に飛び込みます。
「ところで、浄瑠璃って何だろう?」
人形浄瑠璃が「人形を使って演じる浄瑠璃」であることは察しがつくものの、そもそも浄瑠璃とは何なのか……。
何となく疑問に感じながらも、少年ゴコロとしては天下泰平の江戸文化よりも、その前の戦国乱世に興味が惹かれてしまい、ついつい調べるのも後回しに。
そこで今回は「浄瑠璃とは何なのか」そして「それがどうして浄瑠璃と呼ばれるようになったのか」について紹介したいと思います。
浄瑠璃とは「語るお芝居」
まずは「浄瑠璃とは何なのか」について調べてみると、以下のような特徴があるようです。
一、伴奏つき(琵琶、三味線など)で唄う。
一、唄に登場する人物のセリフや仕草、情景の描写などが含まれ、それらの方にウェイトが置かれる。
要するに「お芝居の台本」を情緒たっぷりに唄い、演じるイメージで、そのことから浄瑠璃は「唄う」のではなく「語る」と言います。
浄瑠璃の起源は室町時代後期から戦国時代と言われ、琵琶法師に着想を得たのか御伽草子(おとぎぞうし)を伴奏つきで演じるようになりました。
やがて安土桃山時代に入って滝野検校(たきの けんぎょう)が沢住検校(さわずみ けんぎょう)と協力して浄瑠璃を洗練させ、江戸時代に入ると本格的な芸能ジャンルとして確立。
庶民人気の高まりから義太夫節(ぎだゆうぶし)や清元節(きよもとぶし)など多くの流派が生まれ、現在には8流派(ほか一中節、河東節、新内節、常磐津節、富本節、宮薗節)が伝わっています。
※ただし、義太夫節を除いてほとんど廃れたため、義太夫節が浄瑠璃の代名詞とされている場合もあるようです。
浄瑠璃の語源は牛若丸の恋人から
さて、そんな浄瑠璃のネーミングは室町時代に成立したとされる御伽草子「浄瑠璃十二段草子(じょうるりじゅうにだんぞうし)」に由来、又の名を「浄瑠璃御前(じょうるりごぜん)物語」などとも言います。
物語の舞台は平安時代末期、三河国矢矧宿(現:愛知県岡崎市)に住む遊女・浄瑠璃御前(やんごとなき身分設定の場合は浄瑠璃姫とも)の元へ、牛若丸(うしわかまる。若き日の源義経)が通りがかりました。
浄瑠璃御前はその名が示す通り薬師如来(やくしにょらい。瑠璃光如来)の申し子で、牛若丸と惹かれ合って契りを交わし、一度は難病に命を落とした牛若丸を蘇らせます。
これで二人は結ばれてハッピーエンドかと思いきや、天下に源氏再興の志を果たすべく奥州へ赴く牛若丸の足手まといになるまいと、浄瑠璃御前は身を引き、涙ながらに見送ったのでした。
まとめ
浄瑠璃とは:伴奏つきで語るお芝居唄で、室町時代後期から始まった
浄瑠璃の語源:代表作「浄瑠璃十二段草子」のヒロイン・浄瑠璃御前から
今回は「浄瑠璃とは何か」そして「浄瑠璃の語源」について調べてきました。現代でも、曲の間にセリフ(語り)の入った演歌がありますが、それのより演劇要素が強いイメージですね。
こうして知ってみると興味も湧いてくるもので、もし機会に恵まれたら、浄瑠璃を拝聴・観覧してみたいものですね。
※参考文献:
吉川英史『日本音楽の歴史』創元社、1965年6月
若月保治『古浄瑠璃の研究』桜井書店、1943年1月