恋人に逢おうと公務をサボった結果…『今昔物語集』より橘則光の武勇伝:2ページ目
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翌朝、死体を見てみると……
「おい、そこの辻で斬り合いがあったらしいぞ!」
翌朝、同僚たちに起こされた則光は、早鐘を打つ心臓をおさえながら、なるべく平静を装います。
「さ、最近は何かと物騒だからな。血の穢れが前途に障るから、そういうのは見ないのがよかろう」
まだ自分の仕業とはバレていないようですが……どうにか話題をそらそうとする則光の努力も虚しく、上司が「宿直も明けたし、さっそく見に行こう!」と言うので、つき合わされてしまうのでした。
(あぁ、どうかバレませんように……)
牛車に揺られながら、もう気が気でない則光でしたが、いざ昨夜の現場に到着すると、少し様子が違います。
「天下を脅かしたこの三悪党は、それがしが倒したのだ!」
群衆の向こうをのぞき込むと、三人の遺体の傍らに身分の低そうな武士が一人、何やらわめいているようです。
「ほぅ、あの男が斬ったのか。三人相手に、大したものじゃのぅ」
つまりあの武士は、死人に口なしとばかり「こいつらは悪党で」「斬ったのは自分の手柄」と吹聴し、自分を召し抱えるようアピールしているのでした。
(あの野郎!そいつらを斬ったのは我じゃ……がそれを言ったら宿直をサボったのがバレてしまう……)
こうしてジレンマを抱えたまま、悪党退治の手柄はその武士に奪われてしまったということです。
終わりに
世の中、何か隠さなければいけない時ほど「みんなに言いたい」出来事に遭遇してしまいがち。
だけど言えないもどかしさ……こういう経験、皆さんにはあるでしょうか。いつか時効が来たら、是非とも教えて欲しいものです。
※参考文献:
繁田信一『平安朝の事件簿 王朝びとの殺人・強盗・汚職』文春新書、2020年10月
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