戦国時代、首の代わりに耳や鼻を!?武士道バイブル『葉隠』が紹介する武士の嗜みとは:2ページ目
決め手はヒゲ
一五○ 古老の侍、上髭さがり、そり候事は、陣中にて首を取り候印に、耳鼻をそぎ候節、男女の紛れこれなきため、髭さがりを加へ、そぎ候なり。その時、髭さがりこれなき首は女に紛れ候故、打ち捨て候。死後に首を捨てられざる様にとの嗜なり。
※『葉隠』十一巻より
【意訳】古老の武士が戦さで敵の首をとった証拠として、耳や鼻と一緒に髭さがり(垂れ下がった髭の生えた部分)を削いだのは、女の首と疑われないためである。
髭がついていないと女と見分けがつかない(手柄にカウントされない)ため、打ち捨てられてしまう。
(討たれるのは仕方ないとしても)首を粗末に扱われるのは忍びないので、日頃から髭を整えておいたのである。
【補足】原文を読むと、文法的に意味がつながっていなかったり、矛盾していたりするように見える部分がありますが、これは作者・山本常朝(やまもと じょうちょう)の口述を、聞いたまま書き写したことによるものですから、ニュアンスで把握してもらえればと思います。
……耳を削ぐなら頬ヒゲを、鼻を削ぐなら口ヒゲをつなげて削ぐことで、この耳鼻の持ち主が男性≒敵である証明としたのですね。
もちろん、それが民間人でなく敵であることの証明は別個に必要となるものの、少なくとも「女の首を狙った卑怯者」という誹りは免れることが出来るでしょう。
また、いざ自分が首を奪られてしまった場合でも、ヒゲが残っていれば男性であることが証明できるため、少なくとも打ち捨てられることはなかったと言います。
なので、日ごろからヒゲを整えておくことが武士の嗜みとされたようですが、女性としてみれば好きで戦さに出た訳でもないのに、殺された上に奪られた首まで打ち捨てられてしまっては、たまったものではありませんね。
終わりに
古今東西、多くの命が失われるのが戦さであるとは言いながら、手柄を偽装するために女性の首まで狙うとは、卑怯な輩もあったものです。
しかし武士も食わねば生きては行けず、また妻子や一族を食わせるためなら、女の首であろうとなりふり構わず引っ掻き集め、褒美のワンチャンに賭けねばならない事情もあったのでしょう。
「これは若武者の首にございますれば、どうか恩賞を!」
何より恥ずべき行為であるのは百も承知、それでもしぶとく生きていくため、家族のために必死で強弁した武士たちの姿は、厳しい時代を表していると共に、どこか現代人にも通じるところが感じられます。
※参考文献:
古川哲史ら校訂『葉隠 下』岩波文庫、2011年6月
清水克行『耳鼻削ぎの日本史』洋泉社、2015年6月