戦国時代には様々な理由で命を落とした武将が存在した。
今回は、そんな中でも「オナラ」という少し変わった理由で殺されてしまった男をご紹介する。
千葉 邦胤(ちば くにたね)
1557年。千葉邦胤は千葉氏一族の子として、下総(現在の千葉県北部)に生まれた。
千葉氏は同じく安房(現在の千葉県南部)を中心に勢力を拡大していた里見氏と対立しており、71年の邦胤の元服はそんな情勢下で行われた。
放屁事件
1585年。居城である佐倉城で新年の祝賀会が行われた。その席で、近習として仕えていた桑田孫五郎という人物が、邦胤の前で配膳の際に二度に渡って放屁した。
二度にも渡る無礼な振る舞いに邦胤は激怒し、孫五郎を叱責。しかし、孫五郎はしたくなってしまったものは仕方がないという旨の弁解を口にしたため、邦胤は孫五郎を蹴り付け、その場で切り捨てようとした。
周りの家臣の制止により場は取り繕われたものの、邦胤の怒りは収まらず、孫五郎は家臣の元にお預けの身となる。