まさに法悦!やんごとなき女性たちの人生を狂わせてしまった念仏僧侶のエピソード

皆さん、お経(きょう。読経)や念仏(ねんぶつ)は好きですか?

そう言われて「はい、大好きです!」と即答する物好きは、よほど信心深い人でもそうそういないと思います。

とかく現代では「ありがたいらしいけど意味が分からず、聞いていて退屈なもの」として扱われがちなお経や念仏(ねんぶつ)ですが、その誕生当初は眠くなるどころか、熱狂的に歓迎されたそうです。

一体どういうことなのでしょうか。

日本人の心に刺さり、進化を続けた声明(しょうみょう)

南無阿弥陀仏(なーもあーみーだーぁんぶー)……南無阿弥陀仏……」
※読みは一例。寺院や宗派によって異なります。

ポクポクと打たれる木魚(もくぎょ)などの音と共に読み上げられる、お経の独特な節回し。

あれは声明(しょうみょう)と言って、淡々と読み上げるより、リズムをつけることで文章を覚えやすくしたり、神妙な気分を高めたりする効果があるそうです。

声明は仏教発祥の地であるインドにも、経由した中国大陸にもありますが、同じ経典であっても土地ごとにリズムが異なり、民族の心をとらえるメロディへと進化していきました。

日本の声明はやがて江戸時代の浄瑠璃(じょうるり)や明治時代の浪曲(ろうきょく)、そして近現代の歌謡曲にも影響を与えたと言われ、形を変えながら人々の心をつかんでいます。

つまり、お経は宗教的行為であると同時に革新的なエンターテインメントでもあり、僧侶たちの美声(※)に聞き惚れ、心酔してしまう者も少なくなかったそうです。

(※)現代のお坊さんも、読経で喉が鍛えられ、リズム感が養われているからか、カラオケの上手な方が多い印象があります。

現代の私たちからすれば「どんな唱え方をしたのか知らないけど、本当にお経なんかで楽しめたの?」と思ってしまいますが、実際にお経の力が引き起こした歴史的事件を一つ紹介したいと思います。

3ページ目 念仏に狂わされた、やんごとなき女性たちの人生

次のページ

この記事の画像一覧

シェアする

モバイルバージョンを終了