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鎌倉時代の女武者・坂額御前が”醜女キャラ”設定されてしまったのはなぜ?【下】

鎌倉時代の女武者・坂額御前が”醜女キャラ”設定されてしまったのはなぜ?【下】:2ページ目

作者のご都合主義……醜女に設定するなら、どっちが低リスク?

その動機をハッキリと書いた作者のコメント等は残っていませんが、容易に推測できる理由としては「坂額御前の方が、名前被りのリスクが低い」ことが挙げられます。

「ともえ」ちゃんは巴のみならず、友枝、朋絵、朝恵など実在女性の名前として広く使われていますが、「はんがく」ちゃんの使用例は、寡聞にして知りません(もし万が一いらっしゃいましたら教えて下さい)。

もし巴御前を醜女キャラに設定してしまうと、多くの「ともえ」ちゃんがいじめられてしまうかも知れない……少なくとも「ともえ」ちゃんとその親しい人たちが、その作品を好きになってくれる可能性は限りなく低いでしょう。

一方で、坂額御前が醜女キャラであっても、実在しないであろう「はんがく」ちゃんが傷つき、反感を買うリスクは限りなくゼロに近いので、遠慮なく設定できる……そんな事情があったものと考えられます。

坂額御前としてみればイメージダウンもいいところですが、ともあれ後世の浄瑠璃や歌舞伎、浮世絵など多くの作品では男勝りのガサツな女性として描写され、水戸藩『大日本史』など後世の書物でも醜女としての評価が定着していきました。

終わりに

そんな凸凹コンビなキャラ設定が受けたのか、すっかり醜女キャラが定着してしまったようにも見えますが、現代は幅広い文献が自由に調べられるので、坂額御前が美女だったことを知っている人も多くいます。

こうしたステレオタイプに描写されたキャラクターも、従来のイメージにとらわれず興味を持って調べてみると、新たな発見が楽しめるでしょう。

【完】

※参考文献:
貴志正造『全譯 吾妻鏡 第三巻』新人物往来社、2011年11月

 

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