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父想いの娘に感動…火縄銃の日本初の国内製造の裏で起きていた知られざる秘話

父想いの娘に感動…火縄銃の日本初の国内製造の裏で起きていた知られざる秘話:2ページ目

若狭の決心!火縄銃の国産化に成功する

日に日に頭を悩ませていた金兵衛を見て、16歳だった娘の若狭はある決心をします。それはポルトガル人に嫁ぐことでした。

若狭がネジの情報を持っているポルトガル人に嫁いだことで、特許に相当する技術を知り得た金兵衛は天文14年(1545)に国内初の国内製造に成功しました。

若狭は国内初の国内製造がされる前年の天文13年(1544)に外国から帰って来ており、その後亡くなったとされています。

火縄銃の国産化に大いに貢献した若狭は日本で初めて国際結婚を行った人物でもあります。若狭の父に対する想いが歴史を大きく変えました。

こうして火縄銃は堺(現在の大阪府)や国友(現在の滋賀県)など本州で量産されることになり、全国の有力大名が火縄銃に目を付けることになるのでした。

最後に

火縄銃の普及にこうした裏事情があったとは正直知らなかったので、驚きでした。

歴史の裏では八板親子のようにあまり語られことのない話があるので、更に歴史に興味が湧いてきました。2人が戦国時代に与えた影響は予想外に大きいと思いました。

参考:島崎晋『ざんねんな日本史』

 

 

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