前世の記憶がきっかけで?平安時代のやんごとなき姫君と冴えない衛士の駆け落ちエピソード【一】:2ページ目
2ページ目: 1 2
風に吹かれる瓢のように
さて、そんなある日のこと。例の衛士は相も変わらず、東の空を見上げながらぼやいていると、ふと何か思い出したようです。
「……そう言やぁ、故郷を出てくる前に仕込んでおいた酒はどうなったかな……とっといてくれてあるか、いやぁ呑まれちまったかなぁ……」
なんてことを言っていたら、にわかに喉が渇いてきました。
「あぁ……故郷のおっ母が醸(かも)してくれた酒が呑みてぇだなぁ……吾(おれ)にゃあ都の水がどうしても合わねぇ……」
たまに何かのおこぼれで舌先ばかり湿らせる酒も、何かと世知辛い都の空の下ではどうにも味気なく思えてならないのでした。
「……喉が渇きゃあ、いつでも甕(かめ)に瓢(ひさご※2)をザブザブ突っ込んで、思うさま酒が呑める、そんな気ままな暮らしに早く戻りてぇなぁ……」
(※2)ヒョウタンのこと。ここではその実を二つに割って、柄杓のように用いた食器を指します。
郷愁ますます募る衛士の首筋をふと東風が撫でていくと、衛士はため息を一つつきました。
「風はいいなぁ。いつでも気の向いた方へ吹いて行けるんだから……そう言えば、酒甕に浮かべてあった瓢も、風の吹くまま流れていたなぁ……」
そう言うと、令によっていつものようにぼんやりと空想に耽ります。
「……北風が吹いたら南に流れ、南風が吹いたら北へ漂い……」
とまぁ、そんなとりとめもないことばかり呟いていたら、御殿の奥から衛士に声をかける者がありました。
さて、誰でしょうか。
※参考文献:
辻真先・矢代まさこ『コミグラフィック日本の古典15 更科日記』暁教育図書、昭和五十八1983年9月1日 初版
藤岡忠美ら校注 訳『新編日本古典文学全集 和泉式部日記 紫式部日記 更級日記 讃岐典侍日記』小学館、平成六1994年9月20日 第一刷
ページ: 1 2