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『豊臣兄弟!』聖地巡り:豊臣秀長の城下町・大和郡山へ!郡山城の鎮守社「源九郎稲荷神社」「郡山八幡神社」と「洞泉寺」を訪ねる

『豊臣兄弟!』聖地巡り:豊臣秀長の城下町・大和郡山へ!郡山城の鎮守社「源九郎稲荷神社」「郡山八幡神社」と「洞泉寺」を訪ねる

大河ドラマ『豊臣兄弟!』の影響で、これまで静かな城下町という印象の強かった大和郡山が、いま注目を集めています。

これはもう、実際に歩いて確かめてみなければ、そう思い立ち、3月中旬に現地を訪れました。

その時の旅の記録を、数回にわたり「大和郡山を深掘り探訪」というテーマでお届けします。豊臣秀長が築いた城下町・郡山に、いまも息づく秀長の歴史をレポート形式でたどっていきましょう。

第2回は、秀長ゆかりの神社「源九郎稲荷神社」「郡山八幡神社」と、寺院「洞泉寺」を訪ねます。

第1回の記事はこちら

『豊臣兄弟!』聖地巡り:豊臣秀長の城下町・大和郡山へ!菩提寺「春岳院」と墓所「大納言塚」を訪ねる

「郡山が大変なことになっているで」「そうなんや、えらいたくさんの人がおるで」。これは、桜の蕾が膨らみかけた3月中旬における、奈良市内の料理屋での会話です。郡山とは、『豊臣兄弟!』の主役・豊臣秀…

いま郡山が熱い?現地で聞いた『豊臣兄弟!』効果

3月中旬、高野山へ赴いた日の夜。奈良市内に戻った筆者は、やや遅めの夕食を取るため、馴染みの料理屋の暖簾をくぐりました。

そこで話題に上ったのが、『豊臣兄弟!』の影響で、大和郡山が大いに盛り上がっているという情報。これは行って確かめてみなければと、翌日さっそく郡山へ向かいました。

JR郡山駅で、勝手に「秀長号」と名付けた電動アシスト自転車をレンタル。かつての郡山城外堀を整備した外堀緑地を抜け、「源九郎稲荷神社」と「洞泉寺」を目指します。

その途中、寄り道となりますが、外堀緑地のすぐ側に鎮座する「薬園八幡神社」を訪ねました。同社は秀長との直接の縁はさほど深くありませんが、後に郡山藩主となった柳沢家との関係が深い神社で、実はとても古い歴史を持っているのです。

創建は奈良時代に遡るとされ、749年(天平勝宝元年)、聖武天皇が東大寺大仏造立の鎮守のため宇佐八幡宮から勧請した八幡大神を分霊。1491年(延徳3年)に現在地へ遷座したと伝わります。

「薬園」という名は、かつて鎮座していた平城宮南の梨原に広がっていた薬草園に由来します。筆者にとって大好きな神社の一つで、ぜひおすすめしたい場所です。

ここで注目してほしいのが狛犬。向かって右の阿形は雌の狛犬で愛らしい顔つき、左の吽形は雄で威厳ある姿をしています。

「薬園八幡神社」を過ぎると、左手に「中嶋源九郎餅本舗」が現れます。郡山の和菓子といえば「本家菊屋」の御城之口餅が有名ですが、源九郎餅もまた、地元で長く愛されてきた名物。「源九郎稲荷神社」参拝の折には、ぜひ味わっていただきたい甘味です。

さて、交差点の一つ先を左に曲がると、いよいよ「源九郎稲荷神社」「洞泉寺」がある洞泉寺町へ入ります。実はこの一帯、かつての郡山の雰囲気を色濃く残す場所でした。過去形にしたのは、ここ数年で町並みが大きく変わってしまったからです。

この町には、かつて「洞泉寺遊郭」と呼ばれる遊郭街がありました。遊廓に対するイメージはさまざまでしょう。最近では、大河ドラマ『べらぼう』や人気アニメ『鬼滅の刃』『薬屋のひとりごと』でも遊廓が舞台となりましたが、やはり多くの人は「負のイメージ」を抱くことが多いかもしれません。

しかし、遊廓は、そこに身を置いた女性たちの悲しい歴史を前提としながらも、日本文化の形成や継承という役割を担ってきました。そして、妓楼建築と呼ばれる遊郭独特の建築様式は、その町に独特の情緒を与えてきたのです。

洞泉寺町は、狭い町域に寺社と民家がひしめき合うという不思議な雰囲気があります。数年前までは、その中に多くの旧妓楼が残されていましたが、現在はほとんどが解体されてしまいました。

しかし、大和郡山市によって保存されている「町屋物語館(旧川本家住宅)」や、「源九郎稲荷神社」前の旧妓楼など、わずかにその面影を留めています。この風情が、どうか残ってほしいと願いつつ、洞泉寺へ向かいました。

同じ夢を見た秀長と僧。洞泉寺に伝わる不思議な伝説

1581年(天正9年)創建の「洞泉寺」は、その4年後に秀長によって現在地に移されました。

本尊は、快慶作と伝わる阿弥陀三尊像で、重要文化財に指定されている貴重な仏さまです。またこの寺には、秀長にまつわる不思議な伝説があります。

ある夜、秀長は郡山城内の大書院の西庭にある石を洞泉寺へ移せという夢を見ます。なんと同じ夢を、洞泉寺の宝誉上人も見ていました。

二人はさっそく石を起こすと、それは地蔵尊であることが分かり、急ぎ洞泉寺に移します。それが境内に祀られる垢かき地蔵で、垢かき風呂(石風呂)も同時に移されたと伝わります。そしてこの地蔵こそ、光明皇后ゆかりのものであったとされるのです。

2ページ目 郡山城の守護神、源九郎稲荷神社

 

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