【豊臣兄弟!】藤吉郎、18歳で初陣・初首級!しかし今川義元は信じず…今川を捨てた本当の理由か?
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」、第4回放送「桶狭間!」では、小一郎(仲野太賀)と藤吉郎(池松壮亮)が戦場を駆けずり回る姿が描かれていました。
討死した城戸小左衛門(加治将樹)が持っていた一宮宗是(いちのみや そうぜ)の首級を織田信長(小栗旬)に献上したものの、良心の呵責から「自分たちの手柄ではない」と正直に申告しています。
第4回放送の解説は以下の記事で紹介しています。
『豊臣兄弟!』父の仇は討てたのか?銭50貫と草鞋の意味…第4回「桶狭間!」伏線と重要ポイントまとめ
果たして彼ら兄弟が自力で武功を立てるのはいつになるのか……と思ったら、藤吉郎は既に首級を上げていました。
そこで今回は、「新撰太閤記」や「太平記英勇傳」から、藤吉郎の初首級について紹介したいと思います。
18歳で初陣&初首級
藤吉郎の初首級および初陣についてはっきりした記録はありませんが、以下の点からある程度の時期は絞り込めるでしょう。
一、今川家臣・松下加兵衛之綱(まつした かへゑゆきつな)に仕えていた時期
一、今川氏と北条氏の合戦で、先鋒を務める伊東日向守(いとう ひゅうがのかみ)を討った
『関八州古戦録』などの軍記物語では、天文23年(1554年)に北条が駿河国へ侵攻するも、戦果が上がらなかったと言われています(第三次河東一乱)。
※河東とは駿河国における富士川以東の地域。しばしば今川・武田・北条による争奪戦の舞台となりました。
この第三次河東一乱については否定的な見方が強いものの、もしこの合戦に藤吉郎(天文6・1537年生)が従軍していた場合、18歳で初陣を果たしたことになります。
木下高吉今川方松下嘉兵衛治の許に在て北条と合戦の時富士川に於て抜駈して敵将を討つ若年よりしてよく奇計を備ふ其器賞すべし
※歌川豊宣「新撰太閤記」より
【意訳】木下秀吉は今川の将・松下嘉兵衛治(かへゑじ)に従って出陣し、富士川で抜け駆けして敵将・伊東日向守を討ち取った。若いころから奇計を駆使する大器は、賞すべきであろう。
この「奇計」とは果たしてどんな策略だったのか、詳しいことは記されていません。武力では勝てない強敵を知恵で制し、見事その首級を上げたことでしょう。

