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日本酒の始まり、実は「米」じゃない――古代の日本人が愛した“縄文ワイン”を示す証拠

日本酒の始まり、実は「米」じゃない――古代の日本人が愛した“縄文ワイン”を示す証拠

日本のお酒の始まりは、意外にも「米」ではありませんでした。

約5000年前の縄文時代中期、森の果実を発酵させた“果実酒”が、最初の主役だった可能性があります。

その手がかりが、青森県の「三内丸山遺跡」です。果実の種子が大量に出土し、潰して絞ったような“搾りかす”とみられる塊も見つかりました。さらに発酵した果物に集まるショウジョウバエのサナギが密集しており、そこに甘い香りの「縄文ワイン」が蓄えられていた情景まで想像されます。

本稿では、この縄文の果実酒から、穴あき土器の謎、弥生の口噛み酒、そして麹の導入による“日本酒の完成”までを、遺跡と土器の痕跡から順にたどります。

三内丸山遺跡が明かす「縄文の果実酒」の痕跡

縄文人が定住生活を送り、自然のサイクルを熟知していたことを示す決定的な証拠が、青森県の三内丸山(さんないまるやま)遺跡から見つかっています。

遺跡内の水分を豊富に含んだ「低湿地」からは、エゾニワトコ、クワ、キイチゴ、サルナシといった果実の種子が驚くほど大量に出土しました。 ここは当時の「ゴミ捨て場」のような場所でしたが、酸素が遮断された泥の中に埋まったことで、数千年もの時を超えて奇跡的に腐らずに残っていたのです。

見つかった種子は果肉が変質したような繊維質の塊とともに見つかっており、意図的に果実を潰して果汁を絞った「絞りかす」であると考えられています。

さらに種子とともに大量に発見されたのが「ショウジョウバエの仲間のサナギ」です。このハエは発酵した果物を好む性質があり、自然界でこれほどの密度で集まることは極めて稀です。
この場所には、ハエを惹きつけるほどの甘い香りを放つ発酵中の「縄文ワイン」が蓄えられていたのではないかー。そんな当時の情景が、小さなサナギの痕跡から想像されています。

不思議な土器は「発酵の壺」だった?

一方、山梨県や長野県を中心とした中部高地では、お酒造りに関わるとされる「有孔鍔付土器(ゆうこうつばつきどき)」が作られていました。

この土器の最大の特徴は、口のまわりに並んだ小さな穴です。内部からヤマブドウの種が見つかる例もあり、この穴は、発酵中に発生するガスを逃がすための仕組みだったのではないかと考えられています。

また、こうした土器の中には、立体的な「人の顔」や「蛇」が装飾されたものも見つかっています。装飾のないシンプルなタイプも存在しますが、装飾があるものは果汁がお酒へと変化する不思議なプロセスへの、人々の畏敬や祈りを表現したものなのかもしれません。

また面白いことに、この土器は口の部分に動物の皮を張り、祭りの場でお酒と共に打ち鳴らした「太鼓(楽器)」であったとする説もあり、その用途は今も謎に包まれています。

2ページ目 果実酒から米酒への転換点

 

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