大河『豊臣兄弟!』主人公・豊臣秀長 唯一の嫡男。歴史から消えた幻の息子・羽柴与一郎の謎多き生涯
天下人・豊臣秀吉の弟として生まれ、兄の天下獲りを支えた豊臣秀長。令和8年(2026年)NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では主人公を務めます。
そんな秀長は兄の秀吉と同じく、あまり子宝に恵まれませんでした。
ただ一人生まれた嫡男・羽柴与一郎(はしば よいちろう)に先立たれ、その血統は絶たれてしまったのです。
今回はそんな羽柴与一郎(木下与一郎)を紹介。果たしてどんな人物だったのでしょうか。
追記:与一郎は、大河ドラマ「豊臣兄弟!」第19回「過去からの刺客」で初登場。慶と慶の前夫の息子であったとして描かれました。
※大河ドラマ「豊臣兄弟!」関連記事:
『豊臣兄弟!』秀吉はなぜ離脱?与一郎は実子ではない?慶との雪解けに視聴者歓喜の第19回放送を考察
『豊臣兄弟!』第19回「過去からの刺客」が放送されました。織田信忠(小関裕太)に家督を譲り、織田信長(小栗旬)は岐阜から安土に移りました。羽柴筑前守秀吉(池松壮亮)は豪姫を養女に迎え、…
『豊臣兄弟!』慶(吉岡里帆)の義両親・堀池頼昌&絹は実在した?謎多き人物のモデルを史実で探る
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」第19回「過去からの刺客」では、慶(吉岡里帆)の過去、そして息子・与一郎の存在が明らかになると共に、慶の義両親が姿を現しました。それが、堀池頼昌(ほりいけ よりまさ。奥田…
【豊臣兄弟!】なぜ秀吉は無断撤退?その後どうなる?史実だった柴田勝家との喧嘩・信長激怒事件の結末
羽柴秀吉(池松壮亮)にとって人生最大級の窮地と言えば、金ヶ崎の退口と小牧・長久手の戦い、そして手取川の合戦でしょうか(※諸説あり)。金ヶ崎では文字通り生命の危機に陥り、小牧・長久手では政権が揺…
謎の多い生涯
羽柴与一郎(以下、与一郎)は生年不詳、秀長と正室・慈雲院殿(じうんいんでん)の間に生まれたと考えられています。
諱(いみな。実名)も不詳。与一郎という通称(※実名を避けるため、成人男性に用いる)があることから、少なくとも死亡時点で元服していたと考えられるでしょう。
与一郎は天正10年(1582年)ごろに亡くなったとされており、その時点で元服していたとすれば概ね13〜15歳以上。逆算すると元亀元年(1570年)以前に誕生したと考えられます。
詳しい事績はほとんど残っていませんが、江戸時代成立の『森家先代実録』によれば、那古野因幡守女(なごや いなばのかみ娘)・岩(いわ。のち智勝院殿)と結婚しました。
二人の間に子供はなく、岩は与一郎の死後に秀長の養女として、文禄3年(1594年)に森忠政(もり ただまさ)と再婚します。
与一郎の死因について、先掲の『森家先代実録』では紀州の十津川温泉で病死したとされました。
しかしこれは秀長の養子である羽柴秀保(ひでやす)と同じであり、混同されたのかも知れません。
ページ: 1 2



