聖徳太子は実在しなかった!?聖徳太子のモデルとされる「厩戸皇子」とは?
「聖徳太子」といえば日本人なら誰もが知っている人物ですが、歴史研究者の中では彼の実在について長い間論争されてきました。
歴史上の聖徳太子といえば、推古天皇に摂政として仕え、「冠位十二階」や「十七条の憲法」の制定など、当時としては革新的な政策を推し進める一方、国内のみならず海外の事情にも明るく仏教に深く帰依していた人物というのが一般的なイメージだと思います。
また、10人の相談者の話を同時に理解し、返答したという話や、菩薩の生まれ変わりという話もある何かと不思議・謎の人物として知られています。
ところが、近年では、教科書などでお馴染みのこのような聖徳太子は実はいなかったのでは?
と考えられるようになってきました。
その根拠として聖徳太子本人が生きていた時代に書かれたりつくられた史料は一つも現存しておらず、『日本書記』中の「十七条の憲法」の記述に使用されている「国司」という言葉は彼が生きた時代よりもずっとあとに使われるようになったものでした。
さらに日本最古の歴史書である『古事記』に関しては、彼が補佐した推古天皇については記述があるものの、彼自身についての記述は何一つありません。
これらのことから、現在では、実在していた「厩戸皇子(うまやどのみこ)」をモデルに、「聖徳太子」という政治家を後世になってから作り出されたと考えられるようになっています。
ページ: 1 2