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きっかけは仏教の解釈を巡るケンカ?天台宗と真言宗の開祖は犬猿の仲だった

きっかけは仏教の解釈を巡るケンカ?天台宗と真言宗の開祖は犬猿の仲だった

平安仏教の開祖2人は、なんとケンカ別れ!?

仏教界の2人のエリートは、一説には唐に渡るときに同じ船に乗っていたとも、帰国後の日本で交流があったともいわれています。

その一方で、この2人はケンカ別れをした、または犬猿の仲だったという説もあります。

実は最澄は、自分の教理には足りないものがあると感じ、空海に対して「密教の経典を貸してほしい」とお願いしたり、弟子入りを願い出たりしたことがありました。

しかし空海は「密教の奥義とは自らが修行を積んで体得すべきもので、経典を読んで理解できるようなものではない」というのが持論だったため、2人の関係はだんだんと険悪になっていったのでした。

その後最澄は、自身の1番弟子が空海の弟子になり、さらに奈良仏教の宗派からの迫害を受け、最大の後ろ盾となっていた桓武天皇までも亡くなるという試練に見舞われます。

822(弘仁13)年に、最澄の開いた天台宗は国からの勅許を受けましたが、その日は彼の没後7日目でした。

 

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