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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第15話
前回の14話はこちら。[insert_post id=77895]■文政七年 夏と、秋(7)国芳「東都名所 新吉原」ボストン美術館蔵吉原遊廓からの帰り道を、佐吉と国芳は肩を…
■文政八年 正月(1)
その男の背後には花が咲く。
でも、今年は違う。
後ろだけではない。
男の周りは、花でいっぱいだ。・・・・・・
文政八年正月二日。
みつはいつになく落ち着いた気持ちで正月を過ごしていた。
見世が仕舞い日のこの日、苦手な日中の挨拶回りをようやく終え、日が暮れたら湯屋に行こうと妹女郎の美のると約束している。
(今年も、あの人は来ているのだろうか)
みつは国芳のくれた浮世絵を眺めた。
相も変わらずその目に色は映らない。しかし、光は確かにそこにあった。
絵の中の自分は、寛いだ婀娜な姿で、確かに月の光をその目に映している。目が弱いみつは実際には月の光に顔は向けなかったが、国芳が絵の中のみつに月の光を見せてくれた。
ほんに、優しい人。・・・・・・
関係を絶ってしまった事は、これで良かったと思う反面、少し惜しい気が今でもしている。
「へくしっ」
ほんの少し開けていた障子窓から入る冷気が、みつの細い手先を冷やした。
手をこすりながら窓を閉めようと立ち上がったその時、腰高障子の窓の桟に飼い猫のぶちがぴょんと飛び乗った。
にゃあと猫が鼻にかかった声音で鳴き、隙間から外に出ようとしたので慌てて窓際に駆け寄り、
「ぶち駄目よ、出ちゃあ」
と抱きかかえたその時、外から、
「おみつ!」
ふと、己の名を呼ぶ声が聞こえた。
「おみつー!」
「おみつー!」
その声はだんだん大きくなり、情けなくなるほど必死に自分の名を呼び始めた。
「え!?」
慌てて障子窓を全開すると、目に飛び込んできたのは、空を彩る無数の凧だった。