【ブラッサム】初恋の代償は「退職と絶縁状」…島村先生(工藤阿須加)モデルとの熱愛に散った宇野千代の実話:3ページ目
お化粧も恋愛も背中を押してくれた義理の母
ある日、島村先生が風邪をひき学校を欠席したことを心配し、「お見舞いに行こうかどうしようか」と迷う珠。
爆速で恋に落ちていく珠をリョウは、「行ってこい」と後押ししました。夫が存命中は理不尽に我慢するだけの妻にみえましたが、本当は自由な発想を持っていたのかも知れません。
「嫁いだ以上、夫をどう思っているかなど考えたこともない」と言っていたリョウは、珠には好きな人と「自由恋愛」をして欲しいと思ったのかも。
親友で同志の忍同様、リョウもこんなふうに珠の背中を押し続けてくれたのでしょうか。
実際、宇野千代は父の再婚相手の佐伯リュウを生涯慕っていたといいます。
惚れ込んだ初恋の相手とのスキャンダルで退職
ドラマ内では、島村先生のお見舞いに家に行った珠。
実際は、宇野千代は授業中に佐伯に「家を訪ねる」旨の手紙を書いて、生徒の子供に渡させたとか。そして二人の仲は深まり、村中の人に知られるようになっていったようです。
私と佐伯とのことは、村中で知らぬものはないようになった。(「生きていく私」宇野千代)
宇野千代は、この恋愛スキャンダルで大正4年(1915)、諭旨免職(※)になってしまいました。
※諭旨免職(ゆしかいこ):従業員に退職を勧告し、従業員に退職届を提出させたうえで解雇する懲戒処分
「男女教員間の恋愛問題」に厳しい時代
大正期は、女教員の増加に伴い、風紀問題が教育関係者の間で議論されたそうです。
たとえば、大正5年8月『帝国教育』に掲載された「女性教員問題に関する調査」では、既婚の女性教員と独身女教員の長所・短所を調査しています。
独身女教員の短所として「操行問題(身持ちや素行)」「風紀問題」、特に『男女教員間の恋愛問題』が短所とされていたそうです。
また、恋愛関係だけではありません。「恋愛関係にある」と見られてしまうこと自体も問題視されました。
男女教員が宿直室で茶話会や送別会を行うことさえ、人々から批判の目で見られたそうです。(「大正期の小学校女性教員論」)
男尊女卑の空気が強く、女性がのびのびと恋愛もできないような社会や職場環境。
また、大正時代は教員の勤務実態も大変だったようで、
かくて教員は朝の上校より午後お下校に至るまで殆ど寸暇といふものはなく、安樂に椅子に腰かけるやうなことはない。(立憲的教育施設の実際 西川三五郎)
朝から下校までほとんど休みがなく椅子に腰掛ける時間もなかった様子。まるで現代と同じですね。
4ページ目 初恋の相手からは絶縁状〜2度目の夫と運命的な再会

