『ブラッサム』良妻賢母に抗う同級生・角田忍に絶賛の声!その魅力や実在モデル、宇野千代との関係を考察:2ページ目
『良妻賢母の育成』が目的の高等女学校
「およそ主婦たる人にもっとも必要なことは、愛と希望と忍耐でございます。まず“己を犠牲にする覚悟”が肝要です 」
…現代からすると、は?と言いたくなるような教科書を朗読する珠。
実際、当時の高等女学校では一般科目以外にも「家事」「裁縫」など男子の旧制中学校にはない科目もあり、卒業後に就職するためのスキルアップ教育ではありませんでした。
実際、卒業直後の進路の多くは「家庭」で、就職した女性はかなり少なかったようです。
文部大臣の樺山資紀が明治32(1899)年の地方視学官会議において,「高等女学校ノ教育ハ其生徒ヲシテ他日中人以上ノ家二嫁シ,賢母良妻タラシムルノ素養ヲ為ス二在リ」と述べており,高等女学校には,良妻賢母の育成が期待されていたことがわかる。(男女共同参画局「高等女学校における良妻賢母教育」)
現代語に訳すると、「高等女学校の教育は、生徒たちが将来、中流以上の家に嫁いで、賢母・良妻となるための素養を身につけさせることにある」という内容。
ときの文部大臣が述べていたというのが、時代を感じます。
女性の意思を無視する教育に疑問を抱く忍
ドラマ内では、『良妻賢母』教育を当然のことと受け入れる女生徒もいましたが、角田忍は疑問を抱いたようです。
珠が朗読する教科書の内容に、ほかの女生徒のように頷いたりせず、固い表情を浮かべていたのが印象的でしたね。
教室の黒板の上に掲げられた『高雅貞淑』の書。
気品があり洗練され貞操を守りしとやかであること……ずいぶんと女性に求める(というか押し付ける)条件が多いよう。
放蕩無頼で荒んでいく清治のような夫でも『高雅貞淑』であれということでしょうか。
以前、珠に「父をどう思う?」と聞かれたリョウが「どうもこうも……嫁いで来たんだから…」と、「嫁いだ以上は不満などは言えないわ」と、戸惑ったような諦めが入ったような表情で言ったことを思い出しました。
明治前期〜後期にかけては、合わない嫁・婿を簡単に追い出す慣習が強く、手続きも緩やかだったため離婚率は高かったそう。
けれども、明治31年(1898)明治民法施行以降、家制度の強化、親権の父優先、離婚に親の同意が必要になるなどの法的・社会的制約が影響し、離婚率は急激に低下し大正時代になるとさらに低下しました。
夫が横暴な問題児でも「離婚しよう!」とは簡単に考えられない社会だったようです。

