『豊臣兄弟!』才蔵の筆ヒットで街が発展は本当?秀長の“大和郡山づくり”の実際など第38回を解説:3ページ目
奈良は筆づくり発祥の地
劇中でも才蔵が語っていたとおり、奈良は日本における毛筆の発祥地でした。
中国大陸から筆作りの技術が伝わったのは平安時代初期の大同元年(806年)、弘法大師(空海)が遣唐使から持ち帰り、大和国の坂名井清川(さかない きよかわ)に伝授したのが始まりと言われます。
奈良では古くから多くの僧侶が仏教を学んでおり、滑らかに書ける繊細な筆が発達していきました。劇中では川窪清俊(カトウシンスケ)ら悪徳商人が粗悪な筆で暴利をむさぼっていたような言われようでしたが、奈良の筆職人たちは良質なモノづくりに励み、また商人たちも適性に商売していたと考えられます。
毛筆の穂先には獣毛が使われ、イタチ・ウサギ・ウマ・シカ・タヌキ・ヒツジ・ムササビ・リスなど様々でした。
劇中では末姫(池端杏慈)が堺から取り寄せたヤクの毛が決め手となりましたが、ヤクの毛はあまり毛筆の材料として一般的ではなかったようです。恐らくは天竺(インド・チベット)伝来というエキゾチックなイメージで特別感を演出したかったのでしょう。
史実かどうかはさておき、今回の筆づくりエピソードは、何だかプロジェクトXみたいでちょっと熱くなりました。よね?
(家臣みんなで見守っている暇があるなら、早く外回りに行ってこい!とも思ってしまいましたが……)
