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『豊臣兄弟!』才蔵の筆ヒットで街が発展は本当?秀長の“大和郡山づくり”の実際など第38回を解説

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豊臣の由来は?

天正14年(1586年)9月9日、秀吉は朝廷より豊臣(とよとみ)の姓を賜わりました(厳密な時期については諸説あり)。

秀吉が右筆(ゆうひつ。書記)の大村由己(おおむら ゆうこ)に記させた『関白任官記』では、こんなことを宣言しています。

われ天下を保ち末代に名あり。ただ新たに別姓を定め濫觴(らんしょう)たるべし

【意訳】わしは天下を獲り、末代まで伝えられる名誉を得た。これを記念して源平藤橘と並ぶ新たな姓を生み出すのだ。

下賤の身から天下人に成り上がった有頂天ぶりが目に浮かぶようですね。

そんな豊臣の由来について、劇中では「万民を豊かにする」決意の表れとされていましたが、実際は諸説あってはっきりしていません。

一説には日本国の美称である豊葦原瑞穂国(とよあしはらみずほのくに)から頭文字を、秀吉が当時称していた藤原氏の祖先である中臣(なかとみ)姓から臣の字をとって組み合わせたものと考えられています。

数々の強敵を討ち滅ぼしてきた自分自身を、かつて中臣鎌足(かまたり)が中大兄皇子(天智天皇)を補佐して逆賊・蘇我入鹿(そがの いるか)を討った故事になぞらえたそうですが、これも史料的な裏づけは確認できません。

果たして豊臣兄弟は、万民をことごとく豊かにすることが出来るのでしょうか。

3ページ目 奈良は筆づくり発祥の地

 

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