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『豊臣兄弟!』磐覚(坂口涼太郎)のポーズが話題「阿修羅像」は消滅寸前だった!明治の悲劇「廃仏毀釈」とは

『豊臣兄弟!』磐覚(坂口涼太郎)のポーズが話題「阿修羅像」は消滅寸前だった!明治の悲劇「廃仏毀釈」とは:4ページ目

なぜ廃仏毀釈は全国へ広がったのか?

廃仏毀釈運動の発端となったのは、明治政府が進めた神仏分離令でしたが、彼らは必ずしも仏教を弾圧すること自体を目的としたものではありませんでした。

では誰が廃仏毀釈を推し進めたのか。その中心には「仏教が主・神道が従」という神仏習合思想において、長年仏教勢力に圧迫されてきたと考えていた神職者たちがいたのです。

そこへ、平田派国学や水戸学の影響を受けた神職・民衆による仏像・仏具の破棄運動が全国的に広がります。

すると人々は、高揚した気分のままに仏教への反発心を強め、廃仏毀釈は制御の利かない破壊運動へと発展していったのです。

そしてその結果として、多くの寺院や仏像、仏具、経典など膨大な文化財が失われました。一説には、全国にあった9万軒の寺院の半数が失われてしまったともいわれます。

この動きがもう少し長く続いていたなら、興福寺の阿修羅像も私たちが現在目にする姿では残っていなかったかもしれません。

磐覚が見せた、あの阿修羅像のポーズ。そのモデルとなった阿修羅像が、わずか150年ほど前には、失われる危機に直面していたのです。

 

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