朝ドラ『ブラッサム』秘書・藤川優子(松たか子)のモデルは?宇野千代を長年支えた「あっちゃん」との深い絆:3ページ目
宇千代とともに暮らし公私に渡って支え続けた
大好きな桜の下でイキイキとしている珠を、優しい笑みを浮かべて見守る優子。
そんな藤川優子のモデルとされるのが、宇野千代の秘書を長年務めた藤江淳子です。
千代が「淳(あ)っちゃん」と呼びかけ、誰よりも頼りにしていたのは元秘書の藤江淳子である。千代の生涯で藤江の名を欠かすわけにはいかない。藤江は昭和33年(1958)、北原武夫の縁で千代のもとへ来た。千代と北原が正式に離婚する数年前のことであり、千代が苦難の時期であった。(引用:宇野千代のこと 宇野千代の人生と文学「NPO宇野千代生家」)
宇野千代と藤江淳子の出会いの縁を結んだ北原武夫は、明治40年(1907)生まれ。
昭和8年(1933)宇野千代と知り合い、昭和11年に千代と共に日本最初のファッション雑誌『スタイル』を創刊。昭和14年に千代と結婚するも、昭和39年に離婚しました。
その北原との縁で、離婚する前に千代のもとに来たという藤江淳子は、昭和4年(1929)宮城県生まれ。昭和35年(1960)から約36年間宇野千代とともに暮らし、公私に渡って支え続けたそうです。
藤江は宇野千代の葬儀で喪主を務め、現在、千代の衣鉢を継いで「宇野千代文学」や「宇野千代ブランド」を守り立てている。(引用:宇野千代のこと 宇野千代の人生と文学 「NPO宇野千代生家」)
宇野千代生家にある文学碑(「おいでませ山口へ 山口観光サイト)
お互いに支え合い信頼を寄せた関係
宇野千代の著者、『九十歳、イキのいい毎日』の巻末に掲載されてある、「宇野千代と歩いた花吹雪人生36年」という藤江淳子の文章には、亡き千代と歩んだ日々が綴られています。
先生と私の相性がよかったから、これほどまでに長くお仕えできたのだと思うのです。(引用:『九十歳、イキのいい毎日)
出会いからお別れまで、お互いに大切な存在であることが伝わってきて、羨ましい思いがします。
2023年に亡くなった藤江淳子。
満開になってから散りゆくものの、また翌年には見事な花咲かせる桜。年齢を重ね困難にも出会いながらも生命力や創作力に溢れ様々な作品を花咲かせた宇野千代そのもののように思えます。
そして「あっちゃん」と呼ばれていた淳子は、見事な花を咲かせるための陽光であり恵みの雨であり……そんな存在だったのでしょうか。
ドラマ冒頭の珠と優子のやりとりが微笑ましくも元気をもらえる「ブラッサム」。今後、どう描かれていくのか楽しみですね。
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参考:
・『九十歳、イキのいい毎日』(中央文庫)宇野千代
・『私何だか死なないような気がするんですよ』(集英社文庫)宇野千代
・NP0宇野千代生家
・おいでませ山口へ 山口観光サイト


