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ヤマト政権の巨大古墳、実は「外交兵器」だった!?世界に誇るスケールで仕掛けた“威信演出”とは?

ヤマト政権の巨大古墳、実は「外交兵器」だった!?世界に誇るスケールで仕掛けた“威信演出”とは?:3ページ目

朝鮮半島へのけん制

当時の大阪湾には、朝鮮半島を経由して交易を求める人々が訪れていました。

しかし課題がひとつありました。朝鮮半島は先進地域だったため、交易では相手側に主導権を取られやすかったのです。

そこでヤマト政権は、対等な交易関係をつくるためのけん制を考えたのではないでしょうか。

海上から見れば、前方後円墳はかなり目立つ人工物だったでしょう。それがヤマト政権の王墓だと知られれば、外国から来た人々に強い印象を与え、その権力の大きさを知らしめる結果になったはずです。

百舌鳥古墳群の航空写真(Wikipediaより)

また、彼らが、中国の皇帝たちが築いた巨大墳墓のことを知っていれば、前方後円墳からヤマト政権の力を実際以上に大きく見積もったことも考えられます。

ヤマト政権の王は強力な支配者だと思わせれば、交易で過大な利益を取ろうとする動きを抑えられるでしょう。

さらに、上陸して攻め込むことへの心理的な抑止にもなったかもしれません。

もちろん、この説は、あくまで古墳の規模や立地、当時の交易事情などから考えられた仮説です。証拠はありません。

しかし、こうした古墳が死者を葬るためだけでなく、ヤマト政権の力を外へ伝えるための巨大なモニュメントだったのではないかと考えると、巨大古墳の姿も少し違って見えてきます。古代日本にはまだまだ多くのロマンが眠っています。

ヤマト政権や古代日本に関する話題は、こちらの記事でも紹介していますので、合わせて読んでみてください!

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参考資料:出口治明『10人の英傑が「この国」を変えた 大転換の日本史』2025年、PHP研究所
画像:Wikipedia,PhotoAC

 

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