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朝ドラ「風、薫る」りんを巡る三角関係の予感?横沢公輔(井上祐貴)とシマケン(佐野晶哉)の決定的な違い

朝ドラ「風、薫る」りんを巡る三角関係の予感?横沢公輔(井上祐貴)とシマケン(佐野晶哉)の決定的な違い:2ページ目

新聞記者としてデビューしたシマケン

ある日、東京明光新報の綿貫編集長(小松和重)から「活字工から新聞記者にならないか」とオファーされます。

けれども「小説家になりたい」のがシマケンの夢。

新聞記者なら、君の原稿はいつでも載せられる。記者を仕事にして、小説は家で好きに書けばいい。」と言われ悩みます。

細々と誰も読まない小説を書き続けるか、新聞記者となり人々が読む記事を書くか。

悩んだ結果、シマケンはりんの働く病院に入院した女郎の心中未遂事件を新聞記事として執筆した結果、大反響を呼びます。

「続編」を書き遊郭の問題を世間に訴えるべきだと言われて、ためらうシマケンに「こんな記事1つ書けずに書けんのか?小説が?」と綿貫から発破をかけられるのでした。

先の見えない夢を追うか・生活のために現実を選ぶか……シマケンの苦悩は身につまされましたね。

政争の武器として政治議論中心の「大新聞」

ジャーナリズムとしての「新聞」が登場したのは、幕末の黒船来航〜明治初期頃です。

そして、大きく「大新聞」「小新聞」と呼ばれる二つのジャンルに分かれ、明治7年(1874)頃には、それぞれの差が明確になりました。

最初に、勢力を持ったのは「大新聞」でした。「大新聞」は、政治議論を行うことを目的として編集する、いわば政争の武器としての新聞です。

たとえば、明治5年(1872)前島密らによって創刊された『郵便報知新聞』、明治7年(1874)創刊の『朝野新聞』などが代表格になります。

自由民権運動の高まりとともに、政党の機関紙的な役割を担う新聞も多く、漢文調で読者は知識層やインテリ層が中心でした。

「郵便報知新聞」「朝野新聞」は、自由民権派の立場で、国会の開設や憲法制定などを求めて政府を批判する新聞。

かたや、現在の毎日新聞の初代である『東京日日新聞』などは代表的な官権派(政府側)でした。

3ページ目 生きている人々の声を伝えた「小新聞」

 

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