朝ドラ『風、薫る』りんが赴任した高越女学校のモデルは実在━━新潟で待つ“運命の再会”につながる史実:4ページ目
突然出会った「社会運動」のビラ
新潟に到着したりんの目の前に、突然差し出された1枚のビラ。
「『自由政談大演説会』〜富者の優遇を廃し選挙権の拡張求む〜」という、傍聴自由の演説会のお知らせでした。
りんこと大関和が新潟に赴任したのは明治24年(1891)です。この頃は選挙権を得ることができたのは「満25歳以上の男性で直接国税を15円以上納めている人」という、かなり偏ったルールでした。
(その後、大正14年(1925)に「満25歳以上の男性全て」に選挙権が認められ、ようやく女性にも選挙権が認められたのは昭和20年(1945)。)
テツ奥様は、ふんっ!とばかりにそのビラを乱暴に手で払っていました。「富者の優遇」を得ている側だからでしょうか。
テツの夫・羽田 銀次(西堀亮)は、お店の前にできる行列に突然割り込むような礼儀知らず。りんにその行為を注意されても、「それがどうした」とふんぞり返る小さい人物のようです。
その時、新聞記者の横沢公輔(井上祐貴)が「異議あり!」と声をかけました。
この後、横沢はりんに大接近する様子。横沢のモデルは、実在の人物で新聞記者・社会運動家、木下尚江かも?という説もあります。シマケンこと島田健次郎(佐野晶哉)も、モデルは木下尚江か鄭永慶(ていえいけい)か……といわれていますよね。
※関連記事:
朝ドラ「風、薫る」りんの運命の相手になる?横沢公輔(井上祐貴)のモデルとされる木下尚江の生涯
もし、横沢が尚江がモデルだとしたら、「チュウ」こと丸山忠蔵(若林時英)の実在のモデル『新宿中村屋』の創業者・相馬愛蔵が「尚江が和にプロポーズしたことに大反対した」という、和にとってキモになる史実のエピソードは描かれるのでしょうか。
※関連記事:
朝ドラ『風、薫る』遊郭通いしながら廃娼運動の矛盾…シマケン(佐野晶哉)のモデルとされる木下尚江の生涯
今後の展開がどうなるのか楽しみです。(『べらぼう』ファンにとっては「ふんどし野郎」こと松平定信の再来が嬉しい)
「廃娼演説会」での騒動を「歌の力」で和ませる
原案伝記小説では、りんが高田で見たのは「存娼会 新年会のお知らせ」の張り紙です。
存娼会とは、「廃娼運動」に対抗したもので、遊郭があることで利益を得る貸し座敷、飲食店の主人などから成り立っていたそう。
和は、「存娼会」があるということは「廃娼運動」も盛んかも?と思い、クリスチャンで廃娼運動に熱心だった大森隆碩に聞き、教会で開かれた「廃娼演説会」に女学生たちと参加するのでした。
廃娼演説会では「娼婦の廃止」を訴える弁士に対し「廃娼したら町の商売がたちいかないだろ!」妨害する存娼側の暴徒が乱入し大荒れになりました。
和と生徒らは、事前に大森と予定していた通りに壇上で「さあ、共に生きよう」という讃美歌を合唱。会場内を感動に包みます。
生徒たちに「危険な目に合わせてごめんなさい」と謝る和でしたが、生徒たちには「楽しかった」「廃娼運動を知らなかったけれど、目を逸らしてはいけない問題だと思った」と口々に感謝の言葉を伝えられます。
その後、高田で慈善音楽会を開き募金運動を行うなど、廃娼運動活動に燃えた和ですが、胸の中にあった『看護の仕事への渇望』は消えることなく持ち続けます。
最後に…
舞台が新潟に変わり、りんを取り巻く人間関係はがらりと変化。
なかなかクセの強そうな人が多く、りんも苦労しそうですね。今後、どのように関係性が変わっていくのでしょうか。
新潟は、りんにとっても大関和にとっても人生の大きな転機となった場所です。新しい環境や人間関係の中から、また再び「天職」である看護の道に戻る日が楽しみです。
※朝ドラ「風、薫る」関連記事:




