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朝ドラ『風、薫る』りんが赴任した高越女学校のモデルは実在━━新潟で待つ“運命の再会”につながる史実

朝ドラ『風、薫る』りんが赴任した高越女学校のモデルは実在━━新潟で待つ“運命の再会”につながる史実:2ページ目

「女性ができる仕事」としての女学校の舎監

原案伝記小説によると、大家直美(上坂樹里)のモデル・鈴木雅は、和に職を斡旋してもらおうと、和や雅が通った桜井女学校附属看護婦養成所の設立者メアリー・トゥルーのもとを訪ねます。

桜井女学校は新栄女学校と合併し『女子学院』となり、看護婦養成所の所長・矢嶋楫子(ドラマでは梶原敏子先生/伊勢志摩)が初代校長になっていました。

系列の学校として、新潟と栃木に新しい女学校が開設され人手が足りないときでした。
そこで「高田女学校の舎監」を勧められます。

舎監とは、寄宿舎で生活する生徒の生活指導や健康管理、規律の維持などを担当する役職です。この時代の女学校は寄宿舎を備えるところも多く、“舎監”は欠かせない仕事でした。

ドラマでは、大山捨松(多部未華子)が、りんに新潟の「高越女学校の舎監」の仕事を紹介。「人に何かを教えるのは不安だ」というりんに、「無理に何かを教えようとせずともよいのです」と捨松。

「看護」という仕事を切り開いていくりんの姿そのものが「何より手本になる」と。

「男性がやっていた仕事を女性もやるという事象はある。けれども、日本では未知の『看護』という仕事は、『女性』が始めたもの。女性が自ら新しい仕事を作ることに意義があります」と。

ナイチンゲールも『女性も男性と同じように、社会に貢献する能力を持っている』という言葉を残しています。

実際、アメリカで教育を受け優秀な成績を収め、語学堪能、看護婦資格を取得したにもかかわらず、帰国しても旧態然とした日本では「女性が活躍できる仕事」がなく愕然とした捨松。

ドラマの捨松のセリフは、実物の捨松そのものの言葉に聞こえます。

日本における「看護の普及」とともに「女子教育普及」を夢とし、古い日本のシステムと戦う“ファイター・捨松”は、りんに夢を託したのでした。

3ページ目 「高越女学校」のモデルは「高田女学校」

 

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