『豊臣兄弟!』妻・あさひは売らない!秀吉(藤吉郎)の非情な条件を退けた甚助の悲劇的な末路:2ページ目
妻を売るなど言語道断!秀吉の命令に出家で抗議
しかし多伊城を奪われてしまった失態を秀吉は根に持っていたらしく、これが後にあさひと離縁させられる原因になったと『武家事紀』は伝えています。
かくして天正13年(1585年)、秀吉はあさひを徳川家康(松下洸平)の正室として嫁がせる(人質として差し出す)ため、吉成と離縁させてしまったのでした。
【豊臣兄弟!】徳川家康(松下洸平)の妻になる豊臣 妹・あさひ(倉沢杏菜)との出会いと儚い結婚の結末
江戸時代の随筆『塩尻』によると、離縁に際して秀吉は、吉成に5万石の加増を条件に出したと言います。しかし吉成は「利益のために妻を売った」汚名をよしとせず、これを断りました。
もちろんこれは事実上の命令であり、逆らって無事に済むはずはありません。そこで吉成は出家して穏斎と号し、故郷の烏森へ帰って隠棲したそうです。
離縁から5年が経った天正18年(1590年)1月14日にあさひは世を去り、吉成も元和元年(1615年)ごろに世を去りました。
戒名は貞応淨慶大徳禅定門(じょうおうじょうけいだいとくぜんじょうもん)、副田の家督は渡辺秀綱(わたなべ ひでつな。九郎右衛門)が養子となって受け継ぎ、その子孫は尾張藩士となったそうです。
終わりに
■甚助 / 前原瑞樹
じんすけ / まえはら みずき豊臣兄弟の妹・あさひの夫
のちの副田吉成。天真らんまんなあさひとは良き夫婦となる。弥助同様、小一郎たち行動を共にすることに。
※NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。
今回はあさひの夫となった甚助こと副田吉成について、その生涯をたどってきました。
いくら権力者・秀吉の命令であっても、妻を売り渡すことをよしとせず、出家という形で抗議した姿は武士の意地と言えるでしょう。
本作では気弱そうで、尻に敷かれて見える甚助ですが、あさひに対する愛情は人一倍深いように思えます。今後どのような成長と活躍を魅せてくれるのか、楽しみですね!
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※参考文献:
- 黒田基樹『羽柴秀吉とその一族』角川選書、2025年5月
- 横地清『名古屋区史シリーズ 中村区の歴史』愛知県郷土資料刊行会、1983年12月
※トップ画像:NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式Xより



