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皇室の祖神は天照大神ではなかった──古事記・日本書紀から最初の皇祖神・高御産巣日神の正体を考察

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高御産巣日神こそ本来の天皇家の祖先神だった

現在、天皇家の皇祖神とされる天照大神は、奈良時代に『記紀』が編纂される過程で、その地位を確立した神でした。

その背景には、日本が倭国的段階から脱し、律令国家へと飛躍する中で、天皇家への権力集中と、その正統性を神話的に支える天孫思想が不可欠であったという事情があったのです。

しかし、『記紀』の編纂者たちは、元来の天皇家の皇祖神が高御産巣日神であったことを十分に認識していたのでしょう。そのため、同神の位置づけに配慮し、天照大神に先行する特別な存在として、日本神話の体系の中に組み込んだと考えられます。

ちなみに高御産巣日神(たかみむすひのかみ)は、農耕や生産に関わる神であり、「むすひ」の「ひ」は「日」、すなわち太陽を意味すると解釈されます。もともとは太陽神的性格を有していたものが、生産神へと性格を変えていきました。そして同じ太陽神であるがゆえに、その神格が天照大神へと引き継がれていったのです。

このように、高御産巣日神は本来の天皇家の祖先神であり、天孫降臨を司る司令神として、天皇家創設において極めて重要な役割を果たした神であったといえるでしょう。

そして、同神は天照大神以上に「真の至高神」、すなわち神々の頂点に立つ神格として捉えることもできるのです。

※参考文献:國學院大學「古典文化学事業」

 

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