悪役扱いされがちな政治家・山県有朋、“近代陸軍の父”が背負った4つのレッテルの真相:2ページ目
戦争は回避しようとしていた
まず山城屋事件についてですが、これは確かに失敗でした。
しかし、当時の日本は財政的に厳しい状況にあり、軍の資金を有効に使おうとした結果、悪徳商人に利用された側面があります。
つまり山城屋事件は、彼一人が私利私欲で汚職を働いたというよりも経済政策の失敗だったと言えるでしょう。
日清戦争での独断専行についても、当時の通信事情を考えると無理のない話でした。戦場にいる司令官は、本国からの命令を待っていられない状況だったのです。
現地の状況を最もよく知っている司令官に判断を任せるのは、軍事的には合理的なことでした。
これは、後の軍部暴走とは別の問題です。山県が軍を掌握していた時代を見てみると、満州事変のような軍部暴走は起きていません。
むしろ山県はロシアとの協調を模索し、戦争回避に努めていたのです。軍閥そのものが軍部暴走につながったわけではありません。
