なぜ伊勢神宮が「日本人の総氏神」と称され別格扱いされるのか?——神社と神様の素朴な疑問【前編】:3ページ目
歴史好きの方であれば、「源平藤橘」という言葉をご存じでしょう。これは、源氏・平氏・藤原氏・橘氏の四姓を指し、このうち源氏・平氏・橘氏はいずれも天皇を祖とする家柄です。また藤原氏は、天皇家の外戚として、長い歴史の中で政治的権力を確立してきました。
この「源平藤橘」は、やがて数多くの家に枝分かれしていきます。たとえば源氏には、足利氏・新田氏・佐々木氏などがあり、戦国武将として名高い真田氏も、れっきとした源氏の一族です。平氏にも熊谷氏や北条氏、織田氏などが存在し、さらに藤原氏に至っては、藤田氏・藤村氏・藤本氏など、例を挙げればキリがありません。
このように考えると、天皇家と多くの日本人との間には、濃淡の差こそあれ、どこかで血のつながりがあると捉えることができるでしょう。
現在の皇室の祖がどこまで遡れるのかについては、さまざまな説があります。しかし、世界を見渡しても、これほどまでに長い歴史を連綿と受け継いできた王家は、日本の天皇家をおいて他に例がありません。
それは、万世一系という揺るぎない血統によるだけでなく、皇室と人々との間に、血縁的な近さが意識されてきたことも大きく関係していると思われます。
こうした背景から、皇祖神である天照大神は、多くの日本人にとっての「氏神さま」と位置づけられ、天照大神を祀る伊勢神宮は「日本人の心のふるさと」と呼ばれてきました。
[前編]はここまでとし、[後編]では、明治新政府による神道の国教化政策によって確立された伊勢神宮の地位と終戦後の伊勢神宮について、考えていきたいと思います。
