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徳島の地名に残る「蜂須賀」とは誰? 刀より知恵で国を治めた戦国武将・蜂須賀家政の生涯【前編】

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土地と人に寄り添う統治

家政は、力でねじ伏せるだけの武将ではありませんでした。武力とともに懐柔策を重ね、検地を進め、支城を築き、支配体制を一つずつ整えていきます。

交通や治安の整備のため、「駅路寺制度」という独自の仕組みまで設けました。

刀を振るうより、地を耕し、人を繋ぐ。そういう仕事にこそ、彼の本領があったのだと思います。

もう一つの“戦国の生き方”

家政は、いわゆる“戦って名を上げた英雄”ではありませんでした。

けれど、乱世に生き、土地に根を下ろし、民と向き合いながら国を築いたその姿は、別の意味でとても雄々しい。

時代の荒波に逆らわず、かといって流されもせず。静かに、自分の場所を守り抜いた男がいた――そのことを、まず心に留めておきたいと思います。

次回の【後編】に続きます。

【後編】の記事はこちら↓

徳島の地名に残る「蜂須賀」とは誰? 刀より知恵で国を治めた戦国武将・蜂須賀家政の生涯【後編】

徳島に暮らしていれば、「蜂須賀(はちすか)」という名前に聞き覚えがある人も多いでしょう。でも、名前の由来まで知っている人は、案外少ないかもしれません。由来となった人物の名前は、蜂須賀家政(はち…

参考文献

  • 白石一郎「阿波の狸」『弓は袋へ』新潮社 1991
  • 石躍胤央・他『徳島県の歴史』山川出版社 2007
 

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