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好きな男を落とすため僧侶や陰陽師の力を借りちゃった、男色の平安貴族・藤原頼長の執念がこちら

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陰陽師を頼りに本懐を遂げる

それが実を結んでか隆季との仲立ちをしてくれる協力者が現れました。その人物は不思議なことに忠雅で、忠雅の仲介によって頼長は隆季と対面します。

しかし、隆季は肉体関係を拒み続け、それが1年以上も続きました。

目の前には待ち焦がれた隆季がいるのに、何もできないことに頼長は悩んだことでしょう。

その状態を打破するために頼長は信頼する陰陽師、賀茂泰親(かもの-やすちか)を頼りました。泰親は安倍晴明の子孫で、占いにおいて優れた才能を発揮した当代屈指の陰陽師です。

その泰親から恋愛成就のお守りを貰い、その努力が実ってか久安2年(1146年)に隆季と肉体関係を結べました。

念願の隆季とのその後

念願の隆季とだけあって頼長はかなり燃えたそうで、自身の日記『台記』では隆季との全容を事細かに書いていました。

また隆季もかなりのテクニシャンだったようで、頼長は隆季と共に快感を得たこともあり、相性も抜群だったようです。

最後に

恋焦がれた相手に僧侶や陰陽師を使い、恋の成就を祈る様子から頼長は隆季に対してかなりの執念があったことがわかります。また手に入れなければ気のすまない一種の独占欲もあったのではないかとの結論に至りました。

頼長が男色を好んだのはストレス発散だと思います。そう考えると当時の頼長が抱えていたストレスや苦労は尋常ではなかったことが伺えます。

参考:末國善己『夜の日本史』

 

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