あの名将の首級はどこへ?武士道バイブル『葉隠』が伝える、極限状況で首級を隠す秘伝とは:2ページ目
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しかし、いくら敵から辱しめを受けないためとは言え、日ごろ仕えてきた主君の顔をズタズタに切り裂いた上に小便をひっかけ、小便が皮膚と筋肉の間にしみ込んだであろう頃合いに何度も草鞋で足蹴にしなければならない家来のトラウマたるや、想像を絶するものだったはずです。
せめて日ごろ主君を憎んでいれば「ざまぁ見ろ」と気楽にやれるかも知れませんが、もしそうであればむしろ首級をキレイなまま敵に献上する(※)でしょうから、やはりこの秘伝は忠義に篤い家来が、涙ながらに主君の首級を汚さざるを得なかった経験を伝えたものと考えられます。
(※)ただし、主君に近しいことがバレると「主君を裏切った卑怯者」として逆に処罰を受けかねませんから、その場合は直接持参せず、人の手を介するなどちょっとした工夫を凝らさねばなりません。
「お許し下され、お許し下され……っ!」
敵に辱められないよう、主君を水から辱めなければならない家来の苦悩。極限状況下における忠義のありようを、この一節はシンプルかつ生々しく伝えています。
すべての敗将がこのようにされた訳ではありませんが、いまだその行方が謎のままになっている者の中には、こうして人知れず紛れていった首級があったのかも知れませんね。
※参考文献:
菅野覚明『武士道の逆襲』講談社現代新書、2017年12月
古川哲史ら校訂『葉隠 下』岩波文庫、2011年6月
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