老いを笑うな若者よ!平安時代、合戦に敗れた安倍貞任が源義家に詠んだ返歌が切なすぎる:2ページ目
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「……年を経し 糸のみだれの くるしさに」
【意訳】衣はよく手入れしていたのだが、古くなった経糸(たていと。縦糸≒歳月を経た糸)が乱れて、布地が見苦しくほころんでしまうのは、もはや仕方がないのだ……。
決して油断していた訳ではなく、充分な備えを固めて全力で戦ったが、もはや老い(※)には勝てない。敗れ去ったからと言って、どうか笑わないで欲しい。いつかお前も老いるのだから……かつて奥州狭しと暴れ回り、数々の戦いで武勲を誇った老勇者の寂しさが、この17文字に込められていました。
(※)貞任の生年については諸説ありますが、ここでは若々しい義家との対比として、「年を経し」老勇者と解釈しています。
これを聞いた義家は、その当意即妙なる歌才と老いの寂しさに感じ入ったようで、それまで今にも放たんと番(つが)えていた弓の箭(や。矢)を弦から外して戦闘態勢を解除。駒を止めて、去りゆく貞任の背中を見送ったということです。
終わりに
年を経し糸のみだれのくるしさに 貞任
衣のたてはほころびにけり 義家
その後間もなく捕らえられ、義家らの面前で息絶えた貞任でしたが、一首の和歌をもって心を通い合わせた一瞬は、殺伐とした戦さ場にありながら、実に趣き深いエピソードとして現代に伝えられています。
※参考:
高橋崇『蝦夷の末裔 前九年・後三年の役の実像』中公新書、1991年9月
関幸彦『東北の争乱と奥州合戦』吉川弘文館、2006年10月
橘成季『古今著聞集』有朋堂書店1926年
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