死後、怨念により害虫に…平安時代の武将・斎藤実盛に訪れた思わぬ最後:2ページ目
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実盛が見せた武人としての粋
また、実盛は篠原が自身の死地になるだろうと覚悟していたので、「最後くらいは若い姿で戦い、生涯を終えたい」の思いから白髪を黒く染めました。
そのことにより、幼いころに実盛に窮地を救われた義仲は、討ち取られた首に見覚えがありましたが、何かがおかしいことを感じていました。
そして、側近の樋口兼光の提案通りに首を洗うと黒髪から白髪に変わり、討ち取った首が実盛だったことが判明します。
義仲は命の恩人を討ってしまったことを深く悲しみ、涙で声が出ないくらいまで泣きました。
最後に
実盛がウンカの別名になったのは、不幸な死を遂げてしまった人の怨念が虫となって害をなすと考えられているので、その考えから稲によって不幸な死を遂げた実盛が実盛虫と呼ばれるようになりました。
さらにウンカを駆除し、豊作を祈る呪術的行事である虫送りでは実盛の霊を鎮め、ウンカを退散させる意味合いを込めて西日本では実盛送りや実盛祭とも呼ばれています。
敵味方から称賛された実盛だからこそ、実盛虫や実盛祭となって現代にまでその名が知られるようになったと考えてしまいますね。
参考
二木謙一『誰かに話したくなる日本史こぼれ話200』
朝里樹『歴史人物怪異談事典』
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