本当はあの人が好きだけど、諸事情からこの人と結婚した(せざるを得なかった)……そんな話は古今東西いくらでもあり、できればみんな幸せになって欲しいものですが、世の中には結ばれてはいけない関係も存在します。
たとえば父母や兄弟姉妹など、いわゆる近親婚は多くの国や時代において禁忌とされてきましたが、それでも好きなものは好きなのだからしょうがない……と一線を越えてしまう人々も、少なからずいました。
そこで今回は日本の記紀神話(『古事記』&『日本書紀』)に登場する、とある兄妹のエピソードを紹介したいと思います。
兄・狭穂彦王の野望と恐るべき暗殺計画
物語のヒロインは狭穂姫命(さほびめのみこと※1)。第9代・開化天皇の孫で、腹違いの従兄に当たる第11代・垂仁天皇(すいにんてんのう)と結婚(垂仁天皇二BC28年)し、その皇后として深い寵愛を受けていました。
しかし、実は結婚前から実の兄・狭穂彦王(さほびこのみこ※2)と愛し合っており、結婚してからもしばしば密かに逢瀬を重ねていたのです。
……そして結婚から3年(垂仁天皇五BC25年)。いつものように密会していた狭穂彦王が、狭穂姫命に訊ねました。
「そなたは主上(おかみ)とこの私、どちらを愛しているか?」
実に応えにくい質問ではありますが、「どちらも愛している」という選択肢が許されない以上、狭穂姫命は肚をくくって答えます。
「……お兄様です」
それを聞いた狭穂彦王はニヤリとほくそ笑み、狭穂姫命に短刀を手渡して言いました。
「そなたの言葉が真であるなら、この刃で主上の咽喉を貫くがよい」
かねて皇位を狙っていた狭穂彦王は、妹の自分に対する愛情を利用して垂仁天皇の暗殺を企んだのです。
「……はい。お兄様の仰せなれば……」
さて、計画は成功するのでしょうか。