元祖かかあ天下!飛鳥時代、絶体絶命の窮地を切り抜けた豪族の妻【下】
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元祖かかあ天下!飛鳥時代、絶体絶命の窮地を切り抜けた豪族の妻【上】
時は舒明天皇九637年、豪族・上毛野形名(かみつけぬの かたな)は、朝廷に順(まつろ)わぬ蝦夷の討伐に出ますが、返り討ちに遭ってしまいます。
そればかりか、逃げ帰った砦を完全包囲される絶体絶命の窮地に陥り、最早これまで……逃走を図る形名を諌めたのは、酔っ払いの妻でした。
こんな非常事態に何を考えているのか……咎める形名に、妻は胸中の策を告げるのですが……。
夜陰に空弓を鳴らす知略で、敵の包囲を緩めさせる
「……こんな事もあろうかと、あらかじめ援軍を要請しておきました。日数から計算してもうすぐ到着する筈だから、あと少し時間を稼げれば活路が開けます」
「しかし……敵は明日にも総攻撃を仕掛けて来そうな勢いだぞ?」
蝦夷軍はもう柵のすぐ近くまで迫り、後は夜が明けるのを待ってゆっくり攻め落とすつもりのようです。
「……そうね。いま砦に残っているのは、そのほとんどが女子供……踏み込まれたらひとたまりもないわ……だから、少し包囲を緩めてもらいましょう」
そう言って妻は女たちに弓を配り、力の限り弦を引かせました。矢をつがえていない空弓(からゆみ)ですが、この闇夜であれば、実際に矢が飛んでいるかどうかは視認できません。
女たちの空弓がビュンビュンと空を切って夜陰に響き渡り、その音はやがて蝦夷軍にも聞こえて来ます。
「何だ……?ぐわっ!」
妻の射た矢が、蝦夷の見張りに命中しました。時おりこうして本当に射ることで、暗闇から矢の雨が降ってくるようなリアリティを演出したのです。
「者ども、矢の届かぬところまで退がれ!」
砦の中には、まだ少なからぬ軍勢が残っている……そう思い込んで恐れをなした蝦夷軍はじりじりと後退し、包囲が少し緩みました。
「これでよし……でも、夜が明けたらハッタリがバレるから、その直前に撃って出ましょう。血路を斬り拓けたら援軍と合流して、リベンジを決めてやるのよ!」
そう言うと、妻は再び酒甕を呷り、形名に突き出します。
「呑みなさい」
「いや、俺は要らな『わたしのお酒が呑めないのかしら?』……はい、頂きます!」
現代ならアルコールハラスメントもいいところですが、ともあれ突き出された酒甕を呷る形名に、妻は優しく言いました。