時代劇でお馴染み”ちょんまげ”。なぜこのような変わった髪形文化が日本に定着してたのでしょうか?

湯本泰隆

時代劇ではお馴染みのちょんまげ。漢字では「丁髷」と書きます。現在の私たちにとっても、不思議な気持ちを抱かせるちょんまげですが、幕末に日本にやってきた外国人たちも随分驚いたようです。

江戸時代のメンズファッション雑誌「当世風俗通」には「イケてるヘアスタイル 8選」のようなコーナーまで設けられていました。

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なぜこのような変わった髪形文化が日本に定着したのでしょうか?そこにはちゃんとした理由がありました。今回は、何故昔の日本人はちょうんまげをしていたのか、その理由と起源に迫っていきたいと思います。

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ちょんまげの名前の由来

まず、ちょんまげの名前の由来ですが、結われた髪が「ゝ(ちょん)」の字に似ていたことによります。「ちょんまげ」という言葉は、散髪令が出された明治時代に、前時代の髪形を揶揄する意味で使われ始めたとする見方もあります。

日本人がちょんまげを結った現実的な理由

日本人がちょんまげを結ったのには現実的な理由がありました。

ちょんまげは、かつては武士階級が行う結い方でした。武士は戦のときに兜をかぶって戦いましたが、湿度の高い日本では、戦闘中、兜をかぶっている頭が蒸れてしまいます。その蒸れを防ぐ結い方として考えかれたのが、ちょんまげでした。

やがて、江戸時代になり、太平の世が訪れると、武士だけでなく庶民もこぞって月代を作った髷を結い始めるようになりました。ただ、髷の結い方も身分によって違いがありました。

浪人などは月代を作りませんでしたが、これは単にお金がなかったためであるとか、主君を持たないため兜を被る機会がなかった(=戦に出る機会がなかった)からであるともいわれています。

髷の結い方にも幾つものパターンがありましたが、代表的な結い方を2つご紹介いたします。

3ページ目 銀杏髷(いちょうまげ)、本多髷(ほんだまげ)

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