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【豊臣兄弟!】13歳で末姫(池端杏慈)と祝言?秀長の後継者となった「羽柴秀保」の生涯【前編】

【豊臣兄弟!】13歳で末姫(池端杏慈)と祝言?秀長の後継者となった「羽柴秀保」の生涯【前編】:2ページ目

仙丸を追いやり秀長の後継者に

天正16年(1588年)1月8日にはまだ10歳の幼さで侍従(じじゅう)に叙せられ、同日に秀長の養子となることが決まったと言われています。

なおこの時点で、秀長には仙丸(せんまる。のち藤堂高吉)という養子がいました。この仙丸は丹羽長秀(池田鉄洋)の三男として生まれ、元は秀吉が丹羽長秀に頼み込んで養子に迎えています。

信長死後の権力抗争に丹羽長秀を取り込むための策略でしたが、天正13年(1585年)に丹羽長秀が亡くなると、用済みになったから秀長に押しつけたのです。

秀長も実子がいなかったため、これを受け入れたのですが、きっと複雑な気分だったことでしょう。仙丸にしてみれば、失礼以外の何者でもありません。秀吉とはそういうヤツ(だが、それでこそ秀吉)です。

かくして秀長の後継者候補として養われていたのですが、このたび秀保を養子に迎えるとなれば、仙丸は後継者候補の座を明け渡さざるを得ません。

可哀想な仙丸……羽柴兄弟からさんざん弄ばれた挙げ句、秀長家臣の藤堂高虎(佳久創)に養子入りすることとなりました。

当初は男子がいなかったため、藤堂家の後継者候補として遇されていましたが、やがて高虎に実子・藤堂高次(たかつぐ)が生まれると、藤堂家でも肩身が狭くなってしまったそうです。ちょっと仙丸が不憫すぎて物語が脱線してしまいましたが、話を秀保に戻しましょう。

秀長の養子となった秀保は13歳となった天正19年(1591年)1月に秀長の長女と祝言を上げました。大河ドラマでは末姫(池端杏慈)が長女という設定になっていますが、この「長女」はまだ4~5歳と考えられています。この辺りについては適宜アレンジを加えるのでしょう。

ともあれ正式に後継ぎを世に披露できた安堵からか、既に瀕死であった秀長は同年1月22日に世を去り、秀保がその家督を継いだのでした。

3ページ目 豊臣一門の筆頭格に

 

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