【ブラッサム】珠の同級生・角田忍が憧れた「平塚らいちょう」とは?『青鞜』が女学生の心を揺さぶった理由:3ページ目
85歳で亡くなるまで女性の権利と平和を訴える活動
さらに、らいちょうの大きな功績として挙げられるのが、1919年から1920年にかけて、日本初の婦人団体「新婦人協会」の結成をしたことでしょう。
婦人運動活動家で政治家の市川房枝や奥むめおらと力を合わせ、婦人参政権の獲得や母性保護(妊娠、出産など特有の母体機能を持つ女性を労働の場で特別に保護する)を求めました。
この運動は、治安警察法の一部改正を実現し、女性が政治集会に参加できるようになる・女性が弁護士になることを可能とするほか“戦前の女性運動として画期的な成果を残した”といわれています。
そして、昭和21年(1946)60歳で、日本国憲法の戦争放棄や平和精神に共鳴。
市川房枝とともに再軍備反対婦人委員会を結成し委員長となったり、湯川秀樹らとともに世界平和アピール七人委員会のメンバーとなったりほか、1971年に85歳で亡くなるまで女性の権利と平和を訴える活動を続けました。
らいちょうが女性たちを惹きつけたわけ
大正初期の高等女学校では、ドラマ「ブラッサム」に描かれたように、「他日中人以上の家に嫁し、賢母良妻たらしむる」ための教育が主流でした。
さらに、ヒロインの珠や忍の家のように、父親の権威が絶対的で、“女性の人生は結婚と家庭に限定されるのが当然”という社会でもありました。
そんな中で「新しい女」宣言をし、女性自身が主体的に考え・語り・選び・輝くことを肯定した『青鞜』は、忍のように「自分のことは自分で決めたい」と思う女性には、すっ〜と心の中に浸透していく存在だったのではないでしょうか。
「自分は他人によって光らせてもらう月ではなく、自ら輝きを放つ力強い太陽でありたい」という思いは、自立できる仕事を求める若い女性の心を揺さぶったことでしょう。
ドラマの中では「『青鞜』を読んでいるところを先生に見つかったら大変!」と、慌てて忍の朗読を止めようとする女学生の姿も描かれていました。
雑誌の中で語られる自由な恋愛観・社会への疑問などは、学校でも家庭でも許されない「危険な思想」だと思われていたのかもしれません。
けれども、自由を夢見て羽ばたきたい若い女性にとっては、それが魅力にみえるもの。
『青鞜』は、そんな女性の抑圧された自我を目覚めさせ、未来に希望を抱ける道標として、忍のような反骨の精神を持つ女学生たちの心を動かしたのでしょう。
「新しい女」を主張する女性運動家と聞くと、声高らかに勇ましく主張を叫ぶようなイメージもありますが、実はらいちょうは声が小さく、演説は苦手だったとか。素顔は家族を愛する物静かな女性だったそうです。
「うちも、らいちょうみたいにものが言えたら」と憧れる忍は、どのようにその思いを叶えていくのでしょうか。
※関連記事:
朝ドラ『ブラッサム』元夫の弟と同棲&4度の結婚!ヒロイン葉野珠(石橋静香)のモデル・宇野千代の生涯【前編】
朝ドラ『ブラッサム』28歳差再婚に強引な縁談…珠の父・葉野清治(渡部篤郎)のモデル・宇野俊次の生涯
参考:
・成瀬仁蔵の女子教育思想-「婦女子の職務」から-永藤清子
・日本女子大学「学園の特徴」「創立者 成瀬仁蔵」
・白つづじの会〜生田長江顕彰会〜
・八千代市「平塚らいてう―コラム私たちの心を動かした5人の女性(2)」


