【豊臣兄弟!】墨俣一夜城で秀吉の説得を拒んだ蜂須賀正勝たち…なぜ弟・秀長の言葉で「川並衆」は動いたのか?
川並衆を動かした男
豊臣秀長といえば、兄・豊臣秀吉の陰に隠れた存在というイメージが強い人物です。しかし彼には独特の補佐力があったようです。
秀長の特徴は、自分が前面に出るのではなく、必要な場面でそっと動くことでした。主役を押しのけるのではなく、主役が力を発揮できる環境を整えていたのです。つまり、裏方によるお膳立てです。
その実態を知るうえで興味深い史料が、寛永11年に吉田孫四郎雄によってまとめられた「武功夜話」です。前野氏らの伝書をもとにした記録で、豊臣兄弟にまつわるさまざまな出来事が記されています。
なかでも象徴的なのが、大河ドラマ「豊臣兄弟!」でも描かれた、墨俣一夜城の築城をめぐる話でした。木曽川上流で城の材料を組み立て、それを川船で敵地まで運び、一気に城を築くという大胆な作戦です。
この作戦で必要だったのが、渡し船や物資輸送を担っていた川並衆の協力でした。
作戦の実行にあたり、秀吉は秀長を連れて蜂須賀正勝と前野長康に協力を求めました。二人はのちに秀吉の四人衆の一角を占める人物であり、この作戦の成否を左右する存在でもあります。
ところが、敵地に城を築くという話は川並衆一族の命運まで左右する危険な賭けでした。秀吉が説得を続けても、小六はなかなか首を縦に振らなかったのです。
ここで口を開いたのが秀長でした。飾り立てた言葉ではなく、素朴で実直な話しぶりだったとされ、それが二人の心を動かしたようです。

