誰がなぜ伊勢神宮を「日本人の総氏神」と称し別格扱いし始めたのか?——神社と神様の素朴な疑問【後編】:3ページ目
戦後、神社本庁のもとで日本人の総氏神となる
「王政復古の大号令」の翌年、明治新政府は神道国教化に向けた具体的な政策に着手します。その一つが、古代の律令制において朝廷の祭祀を司った官職である神祇官の復活でした。
そして神祇官の主導のもと、「神道=神社」を国家の宗祀と位置づけるための新たな社会制度が整えられていきます。
具体的には、全国の神社を『延喜式』を範として、官幣大社・官幣中社・官幣小社・別格官幣社・国幣大社・国幣中社・国幣小社・府社・県社・村社・無格社に分類する制度が設けられました。
こうした改革の中で、天皇の祖先神=皇祖神である天照大神を祀る伊勢神宮だけは、社格制度を超越する特別な存在とされ、すべての神社の最高位に再編されたのです。
しかし、1945年(昭和20年)、日本が太平洋戦争に敗北すると、GHQは国家神道を軍国主義の精神的支柱とみなし、神道および神社に対する措置の検討を開始しました。
その結果、国家と結び付いた国家神道は否定されたものの、神道そのものの存続は認められ、国家から切り離された神道・神社への信仰は「個人的宗教」という形で継続することが許されたのです。
このような流れの中で、宗教法人・神社本庁が誕生しました。神社本庁は伊勢神宮を本宗と仰ぎ、神道の宣布と、氏子・崇敬者の教化・育成を目的として、全国約8万社に及ぶ神社を傘下に収めて発足します。
ここにおいて伊勢神宮は、国家とは直接の関係を持たない一宗教法人である神社本庁のもとで、「日本人全体の総氏神」と位置づけられることになったのです。
