【べらぼう】史実、その後の二人は?歌麿から見捨てられた蔦重が決定的に欠けていたもの:3ページ目
輝いて見えた?万次郎の存在
そんな蔦重に対して、西村屋万次郎の存在は、歌麿の目にどう映ったでしょうか。
純粋に自分が描いた自分の絵を愛してくれる。
新しいアイディアで、一緒に可能性を追求したいと言ってくれる。
単なる本屋板元とお抱え絵師という力関係ではなく、共に同じ未来の可能性を目指す仲間として、実に魅力的だったはずです。
養父の西村屋与八(西村まさ彦)だけだったら、誘われてもキッパリ断って終わりだったでしょう。
それこそ名前の位置が上だの下だの、歌麿にしてみれば瑣末なことでした。
※他の有名絵師が手がけた作品を見ると、確かに名前が上にくることが多いようです。
しかしそんな離間(仲を裂く計略)など関係なく、歌麿は蔦重を捨てて万次郎とやって行きたいと思ったのでした。
かつて蔦重の隣でワクワクしていた自分が、万次郎と一緒なら叶えられる。そんな期待から、蔦重との決別宣言が発せられたのでしょう。
