他人のことを言えた義理ではありませんが、モテない男って少し女性から優しくされると、すぐ勘違いしてしまうものです。
「今、お釣りを手渡す指先が触った。あの娘は私に気があるはずだ」
……などなど、身に覚えのある方もいるのではないでしょうか。
そのまま淡い期待を胸に日々の励みとするならまだ可愛いもの。中には無謀にもアプローチして玉砕を遂げる者も少なくありません。
そんな悲しい習性は今も昔も変わりなく、平安貴族の中にもそういう手合いはいたようです。
今回は紫式部に言い寄って見事にフラれた男のエピソードを紹介したいと思います。
下心むき出しの文にうんざり
時は長保3年(1001年)4月25日、紫式部は夫の藤原宣孝に先立たれてしまいました。
かねて夫の浮気に腹を立てていた紫式部の胸中はいかばかりか……いずれにしても一人娘の藤原賢子(けんし/かたいこ。大弐三位)を抱え、途方に暮れたことでしょう。
そんな隙を狙って、ある男が紫式部に文を寄越します。
以前からたまに文のやりとりをしていたようで、それなり(紫式部が返書を送る価値がある程度)の相手ではあったのでしょう。
かと言って頻繁にやりとりしたいほど親しくもなく、気が向いた時に返事を書く程度の関係だったようです。
それが宣孝の死をチャンスとでも思ったのでしょう。ここぞとばかりに文を寄越してきたのでした。
宣孝に先立たれた悲しみも癒えぬ紫式部に対して、男が何と書いたかは分かりませんが、その内容は想像に難くありません。
下心むき出し(隠しているつもりでしょうが)の文にうんざりした紫式部は、これを放置しました。
すると焦った男から、催促の文が届いたのです。